上 下
136 / 272
第十二章 悪役令嬢爆誕

7 なんでこうも次から次と困った方が……

しおりを挟む
 その日の夕方、アリツェはペスを伴い、精霊術で身を隠しつつクリスティーナの与えられている客室に足を踏み入れた。

「さて、これがクリスティーナ様のバッグですか。……なんだか泥棒のようで、気分が悪いですわね」

 アリツェの目の前には、純白の生地に金糸で縁取りがなされた肩掛けのバッグが置かれている。バッグの蓋部分には精霊王の刺繍が施されているので、どうやら精霊教会からの支給品のようだった。

(別に本当に盗むわけじゃない。気にするな)

 悠太はクリスティーナのバッグを目立たないところに隠すよう、アリツェに指示を出していた。

「そうはおっしゃいますが、悠太様……」

 本人のいないところで持ち物を勝手に持ち出す行為に、アリツェはどうしても抵抗感があった。

(っとまずい、人が来そうだ。とっととやっちまうぞ)

 アリツェの葛藤をよそに、悠太は急かす。

「あぁ、こんなことに精霊術――今は、魔術ですか――、を使うだなんて……」

 貴重な精霊術をバカげた真似に使う愚かさに、めまいを覚える。

(よしよし、うまくいったな。探しているぞ、クリスティーナの奴)

 悠太は声を弾ませた。

「ちょっと、私のバッグはどこっ! 確かにここにしまっておいたはずなのに!」

 部屋に戻ったクリスティーナは、自分のバッグが見当たらず、きょろきょろと周囲を漁っている。

 とその時、一匹の猫がクリスティーナの傍にやってきて鳴いた。

「え? なに? 霊素を感じる?」

 クリスティーナは動きを止め、きょとんとした表情を浮かべている。

(げ、やばい! 精霊術で仕組んだのが、相手の使い魔にバレたぞ!)

 悠太はその様子を見て、慌てたような声を上げた。

 どうやらあの猫はクリスティーナの使い魔のようだ。

(ちょ、悠太様! クリスティーナ様がこちらに向かって来ますわ!)

 使い魔の猫に導かれ、クリスティーナがアリツェの潜伏している部屋の隅に向かってきた。

(こりゃ下手に小細工しない方がいいな。三十六計逃げるに如かずだ)

(まったく! 悠太様の言いなりにするんじゃありませんでしたわ!)

 悠太の言うがまま、アリツェはその場をそそくさと退散した。

「逃げられたわ! まったく、あのちんちくりん、いったい何のつもりかしら!」

 背後でクリスティーナの怒号が響いた。

「……それにしても、これを見つけられなくて幸いだったわ」

(何か見られたくないものでもあったのでしょうか?)

 アリツェはクリスティーナが最後につぶやいた言葉が気になった。バッグに何かやましいものでも隠していたのだろうか。

(さてね。まぁ、いったんこの場は離れよう)

 いずれにしても今は状況が悪かった。悠太の言うように、アリツェはクリスティーナの部屋から足早に逃げ出した。






「アリツェめ、許せない! クリスティーナ様に嫌がらせだなんて、性格が悪いにもほどがある!」

 逃げ出す途中、廊下の片隅で聞き慣れた声を聞いた。

(おい、あれアレシュじゃないか?)

 悠太が声のする方に意識を向けた。アリツェも声の方向へ視線を向けると、ドミニクの弟、アレシュ王子が物陰からクリスティーナの部屋の様子をうかがっていた。

(はぁぁー、なんでこうも次から次と困った方が現れるのでしょうか)

 クリスティーナを随分と気に入っていた様子だったが、まさか部屋を盗み見するほどとは思わなかった。

「クリスティーナ様、ボクが絶対に、あの性悪女から守って見せます!」

 アレシュはぐっとこぶしを握り締め、力強く声を上げた。

(目を輝かせながら何やら宣言しているぞ、あいつ)

 悠太は呆れた声でつぶやく。

(邪魔をされなければいいのですが……)

 ああいった手合いは、自分の思い込みで突っ走る傾向があるとアリツェは思っている。計画を妨害されやしないかと、一抹の不安がよぎった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

《完結》転生令嬢の甘い?異世界スローライフ ~神の遣いのもふもふを添えて~

芽生 (メイ)
ファンタジー
ガタガタと揺れる馬車の中、天海ハルは目を覚ます。 案ずるメイドに頭の中の記憶を頼りに会話を続けるハルだが 思うのはただ一つ 「これが異世界転生ならば詰んでいるのでは?」 そう、ハルが転生したエレノア・コールマンは既に断罪後だったのだ。 エレノアが向かう先は正道院、膨大な魔力があるにもかかわらず 攻撃魔法は封じられたエレノアが使えるのは生活魔法のみ。 そんなエレノアだが、正道院に来てあることに気付く。 自給自足で野菜やハーブ、畑を耕し、限られた人々と接する これは異世界におけるスローライフが出来る? 希望を抱き始めたエレノアに突然現れたのはふわふわもふもふの狐。 だが、メイドが言うにはこれは神の使い、聖女の証? もふもふと共に過ごすエレノアのお菓子作りと異世界スローライフ! ※場所が正道院で女性中心のお話です ※小説家になろう! カクヨムにも掲載中

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...