上 下
112 / 272
第十章 皇子救出作戦

2 伯爵家と接触いたしますわ

しおりを挟む
「この子、ペスというのですか。いいお名前ですね。……私は、エリシュカと言います」

 ひとしきりペスの頭をなでると、エリシュカと名乗る女性はアリツェに向き直り、ちょこんと頭を下げた。

「本当に、うちのペスが申し訳ございませんわ。どこかのお貴族様のご令嬢とお見受けいたしますけれど、ドレスに汚れなど付きませんでしたか?」

 服装を見る限り、上級貴族の娘なのは間違いなさそうだった。汚れ一つない真っ白なドレスに、色とりどりの細やかな刺繍が施されたピナフォアを合わせている。身につけているネックレスや髪留めも、大分質の良いものに見えた。

「いえ、大丈夫ですよ。……それに、実家がすぐそこですから」

 エリシュカが指し示す方向に、大きな屋敷が見える。……ムシュカ伯爵邸だ。

「もしかして、ムシュカ伯爵家のご令嬢でございますの?」

 まさかこんな場所で、探していた伯爵家の関係者に出会うとは。運が良いと言わざるを得なかった。

「ええ、三女のエリシュカ・ムシュコヴァです。いったん領地に帰っていたのですが、昨晩、帝都に戻ってきたばかりなんです」

 何たる偶然。ちょうど帝都に戻ってきたところに出くわすとは。しかも、一番ラディムに近かった、ラディム付きの侍女をしていた三女に。

「ああ、なんという僥倖なんでしょうか」

 アリツェはいつもの癖で、首から下げた精霊王のペンダントを掲げ、天に祈った。

「わたくし、あなたを探しておりましたの。わたくしはフェイシア王国マルティン・プリンツ子爵が一子、アリツェ・プリンツォヴァと申しますわ。……ただ、これは表向きですの。実はわたくし、カレル・プリンツ前辺境伯とユリナ・ギーゼブレヒト皇女との実子で、ラディム第一皇子とは双子の兄妹にあたりますわ」

 すんなりと協力が得られるよう、アリツェは変に情報を隠さずに、ありのままを伝えた。

「殿下の……妹君!?」

 エリシュカは驚愕の表情を浮かべた。

「あなたがお兄様の付きの侍女をなさっていらっしゃったのは、フェルディナント・プリンツ辺境伯の放った伝令から伺っておりますわ。伝令は、あなたの御父上と接触されていたと聞いております」

 アリツェは早馬で駆けて、ラディムの処刑の件を報告した騎士の姿を思い出した。

「ええ、ええ、確かに。プリンツ辺境伯の伝令の騎士へ、供に兵を挙げ、帝国軍を挟み撃ちにしようとわが父が提案した場面に、私も居合わせていましたから」

 エリシュカはコクコクと首肯した。

「ここではなんです。我が館にご案内します。父も歓迎するでしょう……」

 そう言って、エリシュカはアリツェとペスを伯爵邸へと先導しようとした。

「でしたら、今、手分けして情報収集に回っている連れが一人おりますわ。呼んできてもよろしいでしょうか?」

 重要な話し合いになる。ドミニクも同席しなければだめだろうとアリツェは思った。

『ルゥ、ドミニク様をお探しになって。そして、ムシュカ伯爵邸に向かうよう誘導をお願いいたしますわ』

 アリツェは念話で、上空を回っているルゥに素早く支持を送る。

『了解だっポ』

 ルゥからの返事が帰ってきた。これで、伯爵邸でドミニクと落ち合えるだろう。

「わたくしの使い魔に指示を送りました。一人、ドミニクという名のわたくしより少し年上の男性が、伯爵邸を訪ねてくると思いますわ。わたくしの連れですので、中に入れていただけると助かりますわ」

「わかりました。そのように門番には指示を出しておきますね」

 エリシュカはうなずきながら、「これが精霊術ですか……」と呟いた。






 エリシュカに案内され、アリツェとペスはムシュカ伯爵邸に足を踏み入れた。

 玄関でペスとは別れ、ペスはそのまま玄関わきに座り込んだ。

「お父様。エリシュカ、戻りました」

 エリシュカは奥に向かって声をかけると、すぐに一人の壮年の男性が現れた。

「おお、エリシュカ。……して、そちらのお嬢さんは、どうしたのだ?」

 現れた男性、ムシュカ伯爵は、エリシュカの頭を撫でて帰還を喜んだが、すぐに、脇に立つアリツェの存在に気が付いた。

「お父様、朗報です。実はこちらのお方は……」

 エリシュカはアリツェについて伯爵に説明を始めた。

 フェイシア王国の子爵の娘だが、実はカレル・プリンツ前辺境伯とユリナ・ギーゼブレヒト皇女との実子で、ラディムの双子の妹にあたる、と。

「なんと、ラディム殿下の双子の妹君とは……」

 ラディムが双子だという情報は、それこそ皇帝すらも知らない。プリンツ辺境伯家内での秘密であった。なので、伯爵の驚き様は相当なものだった。

「しかも、殿下同様魔術の――ええと、精霊術でしたね、使い手なんです」

 エリシュカは微笑み、「すごいんですよ、遠くの使い魔と連絡を取り合っているのを、私見ました!」と伯爵に早口で語っている。

「それは何とも、心強いではないか。ザハリアーシュの導師部隊をどうするか悩んでおったのだが、突破口が見いだせるやもしれんな」

 伯爵は腕を組みながら、うんうんとうなずいた。

「実は昨夜、宮殿に忍び込み、件の導師部隊と交戦いたしましたわ」

 導師部隊の話が出たので、アリツェは接触した事実を伝えた。

「なんだって!? また随分と無茶をなさる」

 再び驚きの声を伯爵は上げた。

 アリツェの精霊術をよく知らない人間から見れば、まさか十三歳の少女が宮殿に忍び込もうだなどとは、思いもしないだろう。

「直接戦ったのはわたくしの連れのドミニク様なので、詳しいお話はドミニク様が到着してからにいたしましょう」

 アリツェも、囲みを突破した後のドミニクと導師部隊とのやり取りはわからない。詳細はドミニクに語ってもらうのが一番だと、アリツェは思った。

「そうか、わかった。……では、今晩はアリツェ殿とお連れの方を、ささやかではあるが我が家の晩餐に招待いたしましょう。その場でゆっくりと、お話をお聞かせください」

「わかりましたわ。ご招待、謹んでお受けいたしますわ」

 せっかくの好意だ。素直に受け止めて、アリツェは礼をした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~

伽羅
ファンタジー
 物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...