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第六章 一人の少女と一匹の猫

5 私の将来の側近にするぞ

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 マリエを世界再生教会へ預けた帰り道――。

 ラディムたちは治安を確認するため、住宅街を歩いていた。

 お昼を少し回った時間で、みな仕事に出ているためか歩行者もそれほど多くはなく、静かだった。周囲に不埒な輩は見当たらない。

「マリエさん、無事に教会に保護されてよかったですね、殿下」

 エリシュカはにっこりと顔をほころばせている。

「あぁ、そうだな。『生命力』持ちということで、かなりの歓迎ぶりだったしな」

 教会へマリエを預けた時の、司祭の喜びようを思い出した。

 飛び上がらんばかりの司祭の様子に、これならマリエは大丈夫だろうとラディムは確信できた。

「あの様子であれば、あの娘も大切にされるでしょうし、もう行き倒れになるようなこともありますまい」

 教会に保護されている限りは、衣食住の心配はない。出会ったときのようなみじめな姿に陥る事態には、もうならないだろう。同年代のあの姿は、正直、見ていてつらかった。

「ザハリアーシュ、毎週の定期視察の際に、教会に寄ってマリエの様子をうかがってもいいか?」

 少し思うところがあり、ラディムはザハリアーシュに尋ねた。

「あの娘が気にいりましたか?」

 ザハリアーシュはニタニタと笑っている。何やら勘違いをしているようだ。

「変な勘繰りはよせ。……同じ『生命力』持ちだ。魔術のことについてなど、いろいろと情報交換などができればいいかな、と思ってな」

 まだ十歳のラディムだ。別に色恋になど興味はない。ただ純粋に、魔術についての興味から持ちかけたまでだ。

「あぁ、それはよろしいですな。でしたら、将来的には殿下の側近にするのも、有りかもしれませんな」

 納得した、とザハリアーシュはうなずいた。

「なるほど。確かに『魔術』が扱えるなら、護衛として近くに置いておくのも良い考えか」

 魔術で護身用のマジックアイテムを自力で作れるし、作ったマジックアイテムを最大の効果で発動することもできる。目に見える武器を持たなくても戦闘能力を発揮できるので、身辺警護の護衛としては理想的かもしれない、とラディムは思った。

「あの娘、幸いなことに見目も悪くありません。殿下のお傍に置いても問題ないでしょう」

 バカバカしい話だとは思うが、皇家の者の傍に置く女性の容姿をとやかく言う輩もいる。能力重視でいいではないかとラディムは思うのだが……。

「ということは、侍女教育も一緒に行わせた方がよいか?」

 魔術を使う導師ということで、護衛に際し帯剣をする必要がない。であるならば、その点を生かし侍女として傍においておけば、ラディムを狙う無法者の油断も誘いやすいかもしれない。

「そうですな。侍女兼護衛という形のほうが、いろいろと都合がいいかもしれませんな。さすがに、どこの馬の骨ともわからぬものを、妃候補とするわけにはいきませんしの」

 妃って……、まだ十歳だ。そういった話は早いのではないかとラディムは思う。

「えっえっ? じゃあ、私は将来的にはお払い箱ですか!?」

 大きく目を見開いて、エリシュカが狼狽した声を上げた。

「まさか! 私がエリシュカを捨てるはずがないだろう。私は、お前から辞めたいと言わない限り、私付きの侍女をやめさせるつもりはないぞ」

 ラディムが心のオアシスを手放すはずがなかった。たとえ辞めたいと言われても、無理やり引き留めるつもりもあった。

「よ、よかったぁー……」

 エリシュカは胸に手を当て、安堵の声を上げた。

「ふふ、良かったですねエリシュカ」

「はいっ、ザハリアーシュ様!」

 ザハリアーシュのかけた言葉に、エリシュカは満面の笑みを浮かべて大きくうなずいた。
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