わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

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第六章 一人の少女と一匹の猫

2 行き倒れか、それとも刺客か

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「さ、殿下! 参りましょう!」

 エリシュカはご機嫌な様子で、ラディムの手を取り歩き出した。

 ラディムは慌てて後に続いた。隣ではザハリアーシュが「まったく、元気な娘だ」と苦笑を浮かべている。

「ほらほら殿下! こっちですよーって、あれ?」

 突然立ち止まるエリシュカに、ラディムはぶつかりそうになりたたらを踏んだ。

「っとと、急に止まるな。……どうした、エリシュカ?」

 エリシュカは何やら脇道に目を遣り、訝しんだ顔を浮かべている。

「殿下、あちらをご覧ください」

 道の奥の方をエリシュカは指さした。何かあるのだろうかとラディムは訝しんだ。

「何やら人が倒れているようなのですが」

 何か事件でもあったのだろうか。治安が良いとはいえ、物騒な出来事がまったくないというわけでもない。

「おや、行き倒れでしょうか? この街で、何とも珍しい」

 奥の様子を覗き見て、ザハリアーシュは首をかしげた。

 確かに、この街で行き倒れは珍しかった。浮浪者が出ないような政策を、ベルナルドがとっているからだ。

「あの……。殿下、どうなさいます?」

 戸惑いがちにエリシュカが尋ねてきた。

「うーん、暗殺者が私を狙って行き倒れの振りをしているだなんてことは、ないよな?」

 たまに読む娯楽小説でよく見かけるパターンだった。一応立場は第一皇子、狙われてもおかしくはない。

 ただ、この場所にはそれこそ偶然にやってきた。狙った暗殺の可能性は、限りなく低そうではある。

「はぁ、ないとは言えませんが、今の殿下をわざわざ暗殺する意味は、ありますかのぉ」

 顎に手を当て、ザハリアーシュは考え込んだ。

 ラディムも少し整理してみる。

 ラディムはいまだ立太子もしていない皇子。ラディムが死んだところで、次の継承順位はラディムの母だ。傍系のラディムを排除したい勢力も、排除した先が同じく傍系で、しかも女帝になるラディムの母では、あまり意味もない気がする。……心が壊れている母のほうが操りやすいとみて担ぎ上げる、という可能性も、なくはないが。

 そこまでは、考えすぎだろう。

「辺境伯家……はないか。オレはもう辺境伯家に戻るつもりはないし」

 王国の辺境伯の爵位なんて欲しくはない、とラディムは思う。

 現段階で、辺境伯家が危険を承知でラディムを消しに来るメリットもないはずだ。ラディムは辺境伯の地位を狙うそぶりは全く見せていない。何しろ、このままいけば次期皇帝なのだから。王国の一臣下の地位を欲するはずもない。

 潜在的に辺境伯の就爵の権利があるから排除をしておきたい、と辺境伯家が思ったところで、暗殺失敗時のデメリットが大きすぎる。実行するほど愚かではないだろう。暗殺がばれれば間違いなく戦争だ。要人の暗殺工作を行えば、王国に対する周辺諸国からの心象も悪くなるだろう。戦争で不利な状況に陥るのは目に見えている。

「後ろに護衛もおります。そこまで身構えずともよろしいでしょう」

 ちらりと後方に目を遣り、ザハリアーシュは言った。

「ま、これもあるしな」

 ラディムは懐から赤く色づけられた小石を取り出した。ラディムが魔術の練習で作ったマジックアイテムだった。

「殿下、何ですかそれ?」

 エリシュカが興味深そうにのぞき込む。

「ん? 私が魔術で作った爆薬さ」

「ば、爆薬!?」

 目を丸くして、エリシュカは大慌ててラディムから離れた。

「大丈夫。発動条件に『生命力』を付けているから、『生命力』持ちにしか使えないよ」

 エリシュカの反応が面白くて、ラディムはニヤリと笑った。

「そ、そうなんですか……」

 エリシュカは片手を胸にあて、ホッとした表情を浮かべた。

「『生命力』を発動の鍵にしているのは、暴発防止と、あとは、発動時にも『生命力』を付与した方が強力だからっていう理由もある」

 暴発防止の措置は、万が一知らずに他者が触っても爆発しないようにとの配慮と同時に、ラディムを害そうとする人物に奪われたとしても、その人物に使われないようにする防止機構としての役割もある。

 また、発動の際に追加で『生命力』を付与すると、そのマジックアイテムの効果が上昇することがわかっている。誰でも使える『生命力』不要のマジックアイテムであったとしても、『生命力』を追加で施せば更なる効果を発揮できる。そういった意味で、『生命力』持ちはマジックアイテム使用の面でも大きなアドバンテージがあるのだ。

「今度、私にも爆薬を作ってもらえませんか? 『生命力』なしでも使えるものを」

「いいけれど、いったい何に使うんだ?」

 皇宮の侍女が爆薬なんていったい何に使うのだろうか、とラディムは首をかしげた。

「うふふっ、乙女の秘密です」

 唇に人差し指を当てて、エリシュカは無邪気な笑顔を浮かべた。

(ま、まさか私のいたずらに対抗するために使うなんてことは、さすがにないよな)

 まぶしい笑顔を向けてくるエリシュカに、ラディムは少したじろいだ。

「えへへ、実は、宮殿の庭に花壇を荒らす害獣が入り込んでいるって、庭師がぼやいていたんです。威嚇用に使えないかなって思いました!」

「なるほどね。なら、音だけ派手に出るよう調整して、いくつか作ってみるか」

 どのような魔術を込めようかと、ラディムは頭の中であれこれと想像する。

「すみません、殿下。よろしくお願いします!」

 エリシュカは元気よく頭を下げた。

「……殿下、それであの者をどうするおつもりで?」

 ザハリアーシュはいつまでじゃれあっているんだと言いたげに、苦笑を浮かべている。

「おおっと、助ける助ける」

 エリシュカとのやり取りが楽しくて、ラディムはすっかり忘れていた。
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