43 / 272
第五章 帝国の皇子
5 帝国の覇権と安寧のために
しおりを挟む
ラディムは皇宮のテラスに立っていた。
冬の寒さに加えて、激しい風が吹きつけ顔を叩く。いつもはふんわりとしているおかっぱ頭の金髪も、今は風に任せるがままにしていた。手で押さえようにも、風が少々強すぎる。
ラディムは両腕で体を抱き、身震いした。もう少し厚手のマントを着てくるべきだったと後悔した。
だが、冬の乾いた空気のおかげで、ミュニホフの街並みはきれいに一望でき、目を凝らせば、雪化粧をした大陸中央のエウロペ山脈の姿も視界にとらえられた。その景色を見て美しいと言っても、誰も咎めはしないだろう。冬の時期しか見られない見事なものだった。
隣には皇帝ベルナルドの姿がある。
風にあおられて、肩甲骨のあたりまで伸ばされた黒髪が千々に乱れているが、ラディム同様に風のなすがままにしていた。
「ラディムよ、しかと見よ。この帝都の姿を」
ベルナルドは左腕を大きく広げ、ミュニホフの街をラディムに示す。上げた腕に合わせて、身につけている漆黒のマントが激しくはためいていた。
「はい、陛下」
ラディムはベルナルドの腕の動きに合わせ、視線をミュニホフの街へと移す。
昼時のため、あちらこちらの煙突から煙が出ていた。道行く人も昼食を求め、足早に自宅やレストランなどに向かっているようだ。平和な街の一コマに映る。
ラディムは少し緊張していた。こうしてベルナルドと一対一で向き合う機会は、そうそう多くはない。食事もたいていは席が離れており、また、母や皇后の姿もあるからだ。
「我々はこの光景を護っていかねばならない」
威厳のある低い声で、ベルナルドはラディムに話す。
「乱そうとする者は、我々が自らの血を流してでも打ち倒さねばならない」
ベルナルドは力こぶを作るように左腕を曲げると、力強く手を握り締めた。
「それが、我がギーゼブレヒト家に生まれた者の使命、ですね?」
統治者として果たさねばならない役目。国民から期待されている皇家の役割。常々ザハリアーシュたち教育係にも、口を酸っぱくして言われている。
今の何不自由ない生活も、この高貴なるものの義務を必要な時にきちんと果たすことを条件に、国民から与えられているものだ。務めを果たさぬ支配者は、いずれ民に滅ぼされる。過去幾度となく起こった『革命』……。
まだザハリアーシュの授業では深くまで学んでいない『中央大陸史』だが、ラディムは先行して関連する歴史書を読み進めていた。
だから、ラディムはよく知っていた。革命を起こされた支配者たちの末路を。そのような悲劇に見舞われた国の行く末を……。
「そうだ。……お前は私の実子ではないが、私にはいまだ子がおらん。お前が次の皇帝になる可能性は高い。もうすぐ十歳、徐々に様々な政治の場に連れていくことになろう。覚悟して過ごすように」
ベルナルドは目を細めて鋭くラディムを見据えた。まるで値踏みをするかのように。
釣り目気味の目から発せられる威圧感に、ラディムは思わず身震いした。
「承知いたしました、陛下。このラディム、精いっぱい務めさせていただきます」
ベルナルドの実の子ではないという負い目を、ラディムは抱いていた。なので、絶対にベルナルドの期待には応えなければいけない、と心に誓う。応えられなければ、きっと、この皇宮に居場所がなくなる。
臣下の中には、傍系のラディムが皇帝位につくことを良しとしない者も多いと聞く。将来の即位時に禍根を残さないためにも、周囲にはっきりと自分の力を見せつけなければいけないと、幼いラディムにもよくわかっていた。
ベルナルドがいくら次期皇帝はラディムだと強く主張したとしても、有力家臣が納得しなければ、いずれは破綻するのが目に見えている。だから、ラディムは結果を出し続けなければいけなかった。
ザハリアーシュたち教育係が熱心に帝王教育を施しているのも、ラディムを早く一人前にし、自らの手で後継者たり得る手柄を立てられるように、との配慮だと理解していた。
……理解はしていたが、子供としての心が、教育漬けに拒否反応も示していた。
「うむ……」
ラディムの返事に満足げにうなずくと、ベルナルドは執務室へと戻っていった。
テラスに残ったラディムは、しばらくの間ミュニホフの街を眺めた。
護るべき街、護るべき国民。そして、その秩序を乱そうと画策している精霊教。世界を崩壊させかねない精霊術。
「自らの血を流してでも、打ち倒さねばならない、か……」
ベルナルドの言葉を反芻する。
「精霊教……。もしかしたら、私の生涯はこの精霊教との戦いに費やされることに、なるのかもしれないな」
世界を滅ぼしうる存在の精霊、その精霊を信奉する精霊教。この帝国内に、存在させていてはいけない。帝国の安寧を護れるのは、皇帝一族たるギーゼブレヒトの家名を背負う自分たちだけだ。ラディムは手を握り締め、決意を新たにした。
中央大陸歴八〇九年冬――。
ラディムの決意とは裏腹に、帝国の裏では様々な欲望が渦巻き、様々に蠢き始めていた。
冬の寒さに加えて、激しい風が吹きつけ顔を叩く。いつもはふんわりとしているおかっぱ頭の金髪も、今は風に任せるがままにしていた。手で押さえようにも、風が少々強すぎる。
ラディムは両腕で体を抱き、身震いした。もう少し厚手のマントを着てくるべきだったと後悔した。
だが、冬の乾いた空気のおかげで、ミュニホフの街並みはきれいに一望でき、目を凝らせば、雪化粧をした大陸中央のエウロペ山脈の姿も視界にとらえられた。その景色を見て美しいと言っても、誰も咎めはしないだろう。冬の時期しか見られない見事なものだった。
隣には皇帝ベルナルドの姿がある。
風にあおられて、肩甲骨のあたりまで伸ばされた黒髪が千々に乱れているが、ラディム同様に風のなすがままにしていた。
「ラディムよ、しかと見よ。この帝都の姿を」
ベルナルドは左腕を大きく広げ、ミュニホフの街をラディムに示す。上げた腕に合わせて、身につけている漆黒のマントが激しくはためいていた。
「はい、陛下」
ラディムはベルナルドの腕の動きに合わせ、視線をミュニホフの街へと移す。
昼時のため、あちらこちらの煙突から煙が出ていた。道行く人も昼食を求め、足早に自宅やレストランなどに向かっているようだ。平和な街の一コマに映る。
ラディムは少し緊張していた。こうしてベルナルドと一対一で向き合う機会は、そうそう多くはない。食事もたいていは席が離れており、また、母や皇后の姿もあるからだ。
「我々はこの光景を護っていかねばならない」
威厳のある低い声で、ベルナルドはラディムに話す。
「乱そうとする者は、我々が自らの血を流してでも打ち倒さねばならない」
ベルナルドは力こぶを作るように左腕を曲げると、力強く手を握り締めた。
「それが、我がギーゼブレヒト家に生まれた者の使命、ですね?」
統治者として果たさねばならない役目。国民から期待されている皇家の役割。常々ザハリアーシュたち教育係にも、口を酸っぱくして言われている。
今の何不自由ない生活も、この高貴なるものの義務を必要な時にきちんと果たすことを条件に、国民から与えられているものだ。務めを果たさぬ支配者は、いずれ民に滅ぼされる。過去幾度となく起こった『革命』……。
まだザハリアーシュの授業では深くまで学んでいない『中央大陸史』だが、ラディムは先行して関連する歴史書を読み進めていた。
だから、ラディムはよく知っていた。革命を起こされた支配者たちの末路を。そのような悲劇に見舞われた国の行く末を……。
「そうだ。……お前は私の実子ではないが、私にはいまだ子がおらん。お前が次の皇帝になる可能性は高い。もうすぐ十歳、徐々に様々な政治の場に連れていくことになろう。覚悟して過ごすように」
ベルナルドは目を細めて鋭くラディムを見据えた。まるで値踏みをするかのように。
釣り目気味の目から発せられる威圧感に、ラディムは思わず身震いした。
「承知いたしました、陛下。このラディム、精いっぱい務めさせていただきます」
ベルナルドの実の子ではないという負い目を、ラディムは抱いていた。なので、絶対にベルナルドの期待には応えなければいけない、と心に誓う。応えられなければ、きっと、この皇宮に居場所がなくなる。
臣下の中には、傍系のラディムが皇帝位につくことを良しとしない者も多いと聞く。将来の即位時に禍根を残さないためにも、周囲にはっきりと自分の力を見せつけなければいけないと、幼いラディムにもよくわかっていた。
ベルナルドがいくら次期皇帝はラディムだと強く主張したとしても、有力家臣が納得しなければ、いずれは破綻するのが目に見えている。だから、ラディムは結果を出し続けなければいけなかった。
ザハリアーシュたち教育係が熱心に帝王教育を施しているのも、ラディムを早く一人前にし、自らの手で後継者たり得る手柄を立てられるように、との配慮だと理解していた。
……理解はしていたが、子供としての心が、教育漬けに拒否反応も示していた。
「うむ……」
ラディムの返事に満足げにうなずくと、ベルナルドは執務室へと戻っていった。
テラスに残ったラディムは、しばらくの間ミュニホフの街を眺めた。
護るべき街、護るべき国民。そして、その秩序を乱そうと画策している精霊教。世界を崩壊させかねない精霊術。
「自らの血を流してでも、打ち倒さねばならない、か……」
ベルナルドの言葉を反芻する。
「精霊教……。もしかしたら、私の生涯はこの精霊教との戦いに費やされることに、なるのかもしれないな」
世界を滅ぼしうる存在の精霊、その精霊を信奉する精霊教。この帝国内に、存在させていてはいけない。帝国の安寧を護れるのは、皇帝一族たるギーゼブレヒトの家名を背負う自分たちだけだ。ラディムは手を握り締め、決意を新たにした。
中央大陸歴八〇九年冬――。
ラディムの決意とは裏腹に、帝国の裏では様々な欲望が渦巻き、様々に蠢き始めていた。
0
お気に入りに追加
291
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は
だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。
私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。
そのまま卒業と思いきや…?
「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑)
全10話+エピローグとなります。
王女殿下は家出を計画中
ゆうゆう
ファンタジー
出来損ないと言われる第3王女様は家出して、自由を謳歌するために奮闘する
家出の計画を進めようとするうちに、過去に起きた様々な事の真実があきらかになったり、距離を置いていた家族との繋がりを再確認したりするうちに、自分の気持ちの変化にも気付いていく…
私は聖女(ヒロイン)のおまけ
音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女
100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女
しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~
ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。
異世界転生しちゃいました。
そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど
チート無いみたいだけど?
おばあちゃんよく分かんないわぁ。
頭は老人 体は子供
乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。
当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。
訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。
おばあちゃん奮闘記です。
果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか?
[第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。
第二章 学園編 始まりました。
いよいよゲームスタートです!
[1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。
話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。
おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので)
初投稿です
不慣れですが宜しくお願いします。
最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。
申し訳ございません。
少しづつ修正して纏めていこうと思います。
聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!
さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ
祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き!
も……もう嫌だぁ!
半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける!
時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ!
大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。
色んなキャラ出しまくりぃ!
カクヨムでも掲載チュッ
⚠︎この物語は全てフィクションです。
⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる