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第零章 『精霊たちの憂鬱』

4 精霊王の証って、何に使うの?

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「うっへぇ、いきなりの強烈な先制パンチだな。効くぅ……」

 ゲイルはペッペッと、口に入った埃を吐き出し、「まったく、予想以上の大物じゃねえか。精霊王様はよぉ」と、手に持つ斧と盾を構えなおしながら、呆れたような声を上げた。

「相手が誰でも、私のやることは変わらないよ。ただ一点だけを見て、射るっ!」

 お得意のファーストアタックを奪われ、不満げな表情を浮かべていたミリアだが、すぐに気持ちを切り替えたのか、矢をつがえなおす。

「あの鱗って堅そうだし、私の薙刀じゃ不利っぽいよねぇ。けど、どうにかしなくちゃ!」

 装甲の堅い敵には不利なユリナだが、かといって何もできないわけではない。素早い動きからの牽制で、他のメンバーの攻撃を補助できるし、確率とはいえ、特殊スキルによる防御力無視ダメージも狙える。

 ユリナは薙刀を構えると、隙を窺うように精霊王を鋭く見据えた。

「名実ともに、最強の精霊使いとなるんだ。ここで、負けるわけにはいかないっ!」

 オレも手に持つ銀のロッドを握りしめ、己を奮い立たせるように決意の言葉を叫んだ。言霊というわけではないが、想いは口にしてこそ実現するとオレは考えている。

「絶対に、倒す!!」

 オレの言葉に反応して、メンバー各々が動き出した。

「ファーストアタックはだめだったけれど、隙をついての先制攻撃だけじゃないってところ、見せてあげるよ!」

 ミリアはつがえた矢を放った。飛び出した矢は一直線に精霊王の喉元に向かった。だが、当たった矢はカンッと甲高い音を立て、刺さることなく地面に落ちた。

「ハッハッハ、効かぬ、効かぬぞっ! その程度の実力で、よくここまで登ってこられたものだ」

 精霊王は鼻で笑うと、あざけるような視線をミリアに向けた。ミリアが舌打ちをする。

 ミリアはまたも矢をつがえ、隙を窺い始めた。再度のにらみ合いが始まる。

 なんて硬さだ、とオレはあきれ果てた。ミリアの渾身の矢は、巨岩すら砕くっていうのに。

 装甲の堅さに、オレは次の一手をどうするか思案した。

 こうなると、物理攻撃で精霊王にダメージを与えるためには、

一.一番威力の高いゲイルの斧による力任せの渾身の一撃

二.目や口などの装甲の弱いと思われる場所を狙っての集中攻撃

三.ゲイル、ユリナ、ミリアの持つ特殊スキルによる防御無視の貫通攻撃

が考えられる。

 精霊術による属性ダメージは、精霊王の膨大な霊素を考えると、抵抗される可能性が高い。厳しいだろう。

 切れる手札が思っていたよりも少ない事実に気づき、オレは焦った。

「馬鹿にするなぁっ!」

 沈黙を破り、ユリナは走り出すと一気に飛び上がった。上段に構えた薙刀を縦一線、落下の勢いも併せて一気に振り下ろした。狙いは精霊王の右足の付け根。

 皮膚を切り裂くかと思ったその時、ガンッと大きな音を立て、振り切ろうとした薙刀の刃先が鱗にはじかれた。反動でユリナはバランスを崩し、頭から床に叩きつけられる。

「きゃっ」

 ユリナは小さく悲鳴を上げ、うずくまった。

「ユリナ!」

 精霊王の足元で、無防備に転がっていては危険だ。押しつぶされる。

 オレはすぐさまラースに飛び乗り、ユリナの元へと駆け寄った。

「意識はあるかっ?」

 ユリナの傍に着くや、オレは飛び降りてユリナを抱え起こした。

「ん……。ありがと、カレル。ちょっと頭に血が上っちゃってた」

 頭を振り、ユリナは意識を覚醒させようとしている。

「ここは危ない、ゲイルが精霊王の気を引いてくれているうちに、いったん後方へ離脱だ。ラースに乗るぞ」

 オレはユリナを抱えあげると、一緒にラースに乗り、ミリアの傍まで後退した。移動中に、ラースの光の精霊術で、ユリナの外傷を治療しておく。

「おい、早く復帰してくれ。こっちがもたねぇ!」

 ゲイルから、悲鳴が上がった。

 オレとユリナが離脱しているため、ゲイルは格上を相手に、一人で守りを担う羽目になっていた。精霊王からの炎の玉の連射が、ゲイルの掲げる盾に幾度となく直撃している。圧倒的な霊素がなせる、精霊術の連続行使だ。このままでは、破られるのも時間の問題だった。すぐに援護をしないとまずい。

「すまない、ゲイル。ペス、頼むぞ」

 オレはペスに指示を送り、ゲイルの援護に向かわせた。ペスの炎を纏った爪によるヒットアンドアウェイで、ゲイル一人に向かっていた精霊王の意識は、ある程度ペスにも分散されるようになった。

 ゲイルとペスが稼いだ時間で、オレとユリナはどうにか隊列復帰を果たした。

 激しい攻防が一息つくと、またもにらみ合いとなる。

 それから、幾度となく精霊王へと攻撃を仕掛けるが、いずれも効果的なダメージを与えられなかった。それに引き換え、精霊王からの反撃は、ぎりぎりのところでしのいではいたものの、オレたちの体力、気力を大きく奪っていた。

 一見して膠着状態、だが、その実、敗北へ向けてじわりじわりと追い込まれていた。

(くそっ、どうしたらいい? どうすればヤツに一発いれられる?)

 胃が締め付けられる。ロッドを持つ手にも、べっとりと汗がしみだしていた。

(急がないと……。このままじゃ、全滅だ)

 盾による防御を捨ててゲイルに攻撃をさせると、ギリギリで保っている戦線が崩壊しかねない。

 目や口を狙うにしても、相手の精霊術による攻撃が激しくて狙った場所に容易には近づけない。

 かといって、運頼みの貫通攻撃に頼るのも危険だ。

(これって、詰んでる……?)

 嫌な考えが脳裏に浮かぶ。

 オレは必死に打開策を絞り出そうとするが、焦れば焦るほど、思考が空回りし、堂々巡りへと陥る。

『ご主人、翼の付け根が狙いめだっポ』

 思考の渦へと引きずり込まれていたオレに、不意に鳩のルゥからの念話が飛んできた。

 見上げると、上空で精霊王の背後をルゥが旋回している。

『付け根周辺だけ、鱗がないっポ』

「でかした、ルゥ!」

 光明が見えてきた。オレはすぐさま作戦を練ると、ミリアに指示を飛ばす。

「ミリア、精霊王の背後に回れないか? 背の翼の付け根が、他よりも脆そうだとルゥが言っている。そこなら、鱗がない」

「了解、カレル。援護よろしく」

「ラース、ミリアを乗せて精霊王の背後に回ってくれ」

 ラースは頷くと、ミリアのもとに駆け寄った。

 ミリアが飛び乗ると、ラースはいななき、一気に駆けだす。

 その間、精霊王の注意をそらすため、ユリナとペスがその持ち前のスピードを生かして、精霊王の周囲を走り回り、攪乱する。

「ぐぬぬ、ちょこまかと鬱陶しいわ」

 精霊王は炎の玉をユリナたちに当てようと狙いをつけているが、まったく命中しない。イライラとしている様子が、乱暴に振り回される腕の動きからも明白だった。ユリナたちはうまく気を惹いてくれている。グッジョブだ。

「いい位置をとれたわ。あとはタイミングを見て、一発強烈なのをぶちこむよ」

 ミリアは玉座を使い、うまいこと精霊王の死角に入っている。

「カレル、指示をくれ。ジリ貧になっている。打開するためにも、ミリアの一撃に合わせて、オレとユリナもきっついのをぶちかましたい。一気にケリをつけちまおう」

「ゲイルの言うとおりだよっ! このまま体力を削られ続けると、疲労で身動きが取れなくなっちゃう。一か八かの勝負に出るべきだよっ!」

 オレも同じ作戦を考えていた。二人に同意すると、すぐさま指示を出す。

「オレが銀のロッドを精霊王に向けるのを合図に、ミリアとルゥで背中を狙撃。命中の衝撃でおそらく奴はのけぞるだろうから、そのタイミングでゲイル、ユリナ、ペスの一斉攻撃だ」

 矢継ぎ早に指示を送り、オレはすぐさまロッドを握りしめた。じっくりとタイミングを見計らう。

 ゲイルに向いている炎の玉による攻撃が止んだ一瞬のスキを、オレは逃さなかった。

「いまだ、行くぞ!」

 銀のロッドを振りかぶり、精霊王へ向けた。攻撃の合図だ。

「食らいなさいっ、必殺の一撃!」

 死角から飛び出したミリアが、深く引き絞った弓につがえられた矢を一気に撃ち放った。

 風の精霊の加護を乗せた矢が、ブレることなく狙いどころ――翼の付け根へと襲い掛かる。

 と同時に、ルゥの放った風の精霊術によるかまいたちも、ミリアの狙いと同じ場所へと上空からかみついた。

 これまで一度もなかった背後からの奇襲に、精霊王はまったく対処ができていない。作戦の第一段階は成功だった。

 予想どおり、ミリアとルゥの攻撃に精霊王は体をのけぞらせた。――物理攻撃が初めてヤツにダメージを与えた瞬間だ。

「そらよっ、じっくり味わいな」

「お口の中は、無防備だよねっ」

『これまでのお返しだワンッ』

 休む間もなく作戦の第二段階、ゲイル、ユリナ、ペスの猛攻がはじまった。

 ゲイルは刃先に炎を纏わせた斧で、力の限りの斬撃を龍の腹に叩き込む。ユリナは飛び上がり、大きく開いた龍の口に向けて渾身の貫通攻撃を見舞った。ペスも炎で赤く燃えた爪を使って、ゲイルの斬撃によって負わせた裂傷に、さらなるダメージを与える。

「小癪なっ!」

 何とか態勢を立て直そうと暴れる精霊王に、オレたちは素早く距離をとる。

「これで終わりよ! 目つぶしの矢っ!」

 ミリアは精霊王の背後から再び回り込み、前方へと駆け出していた。立ち止まり、精霊王の瞳を見据えると、ためらいなく矢を放った。

 オレたちのラッシュに、精霊王は行動を完全に阻害されている。躱すこともできずに、ミリアの一矢を右目に受けた。

「うぐぐ……。これまでか」

 精霊王は吠えると、身体を激しい光が包んだ。

 たまらずオレは目を閉じる。

 視界を遮られたオレは、この隙に攻撃されてはたまらないと身を屈めた。だが、幸いにも精霊王からの反撃はなかった。

 ゆっくりと、恐る恐る目を開く。――巨龍は、もういなかった。

「勝った……のか?」

 いまいち状況のつかめず、周囲を見回す。

 仲間たちも何がどうなったのがわからず、戸惑いの色を顔に浮かべている。

「――見事だ」

 低く重苦しい声が、広間に響いた。龍はもういない。だが、この声は間違いなく精霊王のものだとわかる。

 玉座に目をやると、精霊王の依り代たる小さなトカゲが鎮座していた。

「お前たちは、証を受け取るにふさわしいだけの力と知恵を、私に示した」

 声はこのトカゲから発せられている。押しつぶされそうなほどのプレッシャーを感じさせていた、あの、あふれんばかりの霊素は、既にほとんど失われていた。

「お前たちの勇気を讃え、これを贈ろう」

 小さな光の玉が四つ、トカゲから飛び出した。ふわふわと漂いながら、オレたちそれぞれの前に一つずつ向かってくる。目の前に来た光の玉は、やがて形を変え、小さな金のメダルへと変貌した。オレたちは落とさないように、慌ててそのメダルをつかんだ。

『ボス初回撃破ボーナス 【精霊王の証】 を手に入れた!』

 脳内にシステム音声が響き渡った。

「お前たちは精霊王に認められた勇者として、讃えられていくであろう。――では、さらばだ。また会える日を楽しみにしているぞ」

 トカゲは一方的に言いたいことを言うと、その姿を消した。

 と同時に、オレたちの体は光に包まれた。わずかな浮遊感を感じるや、意識が遠のく。






 ――気づいたら、精霊王の塔の入り口で寝ていた。最上階から塔の入り口へと、一気に転送されたようだ。

 感動も何もする暇がなかった。もうちょっと、余韻に浸らせてくれてもいいのにと、オレはため息をついた。

 仲間も気が付いたのか、のそのそと起き上がる。

 オレは改めて、手に握る金のメダルを見遣った。手のひらに収まるサイズの小さなメダル。先ほど戦った龍の姿をかたどった意匠が彫り込んである。それ以外には別段、変わったところは見当たらない。マジックアイテム特有の精霊力も感じられない。

「これが、ボーナス?」

 ミリアは茫然と、つかんだメダルを見つめている。

 ラスボスともいえる精霊王の初回撃破ボーナスが、ただのメダルだ。マジックアイテムでもない。ミリアが呆けるのも当然だった。

 正直オレも、混乱している。

「これ、何の役に立つんだよ……」

 オレは件のメダルを見つめながら、どうしたものかと表面の龍の意匠を指先で何度もはじいた。
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