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番外編
もう一つの序章 1 呼び出し
しおりを挟む「御機嫌ようグスタフ。ジークヴァルト様はお待ちになっておられるのでしょうか」
私キルヒホフ侯爵家令嬢エルネスティーネ・イザベラ・イェーリスはジークヴァルト様の婚約者。
あ、いえ後二日もすれば壮麗な大神殿で沢山の人達より盛大に祝われる中、晴れて正式な夫婦となるのですもの。
そうたった二日先のあ、明るい未来……ですわ。
なのに今二日前となり挙式を控え忙しいのにも拘らず、何故か昨日急に『屋敷へ来て欲しい』とジークヴァルト様よりの御呼び出しを受けた私はこうしてジークヴァルト様のお屋敷、シュターデン公爵家のタウンハウスへと訪れましたの。
「こ、これはエルネスティーネ様!? 本日は如何様なるご用向きに……」
こちらの品の良い初老の紳士然とした男性はシュターデン家の家令のグスタフ。
常はとても穏やかで冷静沈着なのにこれは一体どうした事なのでしょう。
今は僅かながらに視線を泳がせている様相は、明らかに訪問した私に対して動揺……している?
その様な……はぁ私とした事が余りにも現実的でない考えを致しましたわ。
きっとそう、えぇ多分私の気の所為なのでしょう。
結婚式間近だから私の方が色々と気疲れをしているのですわ。
この時の私は安易にもそう思ってしまったのです。
深く考える事もなく余りにも浅慮な私は、この直後海よりも深く後悔する事となるのですから……。
「ジークヴァルト様よりこちらへ来る様にと昨日連絡がありましたの」
用向きをグスタフへ伝えれば、彼はほんの一瞬だけ間を置いた後その直後何時もの様な穏やかな笑みを湛え私を温かく迎え入れてくれました。
「ならばどうぞこちらへ、直ぐにエルネスティーネ様のお好きなお紅茶とお菓子をご用意致しましょう」
そうして案内されようとする先は一階にある賓客用の応接の間だと思います。
でもこの時の私はグスタフの案内する方向とは違い、ジークヴァルト様がおいでになられるだろう三階にある私室へと階段を上り始めましたの。
「え、エルネスティーネ様どうかお待ちを⁉」
何故か慌てて私の行く手を阻もうとしたのはグスタフです。
「何故? 私は後二日でジークヴァルト様の妻となりますもの。ですので応接室よりもこちらの方がよろしいでしょう」
「で、ですが⁉」
可笑しいですね。
どうしてグスタフはこの様に慌てているのでしょう。
本当に何時もの彼らしくない振る舞いですが――――。
「大丈夫です。万が一ジークヴァルト様がご機嫌を損ねられた際には私の一存で決めたと申します。だからグスタフは心配しないで」
私は彼へ安心させる為に微笑みましたわ。
ですが何故なのでしょうか。
益々グスタフが……と言うよりです。
周りの者達の顔色が何とも冴えません。
これまでこの様な事は一度としてなかったと言うのにです。
しかし何時までもこうしている訳にもいかないのでグスタフや皆が止めるのを振り切れば、私は気を取り直し三階にある私室へと向かいましたの。
コンコンコンコン
?
何時もならば音速級並みの速さ且つ一片の感情すら籠らない低くも男性的なお声で以って『入れ』と、直ぐに入室許可をお出しになられると仰られるのにです。
何故か今日に限っては何もお返事がありません。
しかしだからと言って勝手に異性のお部屋へ入るだなんて、幾ら二日後に夫婦となる相手であっても淑女と致しましては許されない行いなのです。
なので私は部屋の前で許可が出るまで待つ――――とは言えです。
流石にもう五分以上何のお言葉もなく、また廊下へ立たされている状態と言うのは、はっきりと申しまして頂けませんわ。
ですので私はこっそり?
いえ、ここは静かにジークヴァルト様の私室へと入る事に致しましたの。
もしかすれば意外なジークヴァルト様のお姿を拝見出来るかもしれないでしょ。
ほら、お仕事中に居眠りをされておられる御姿とか……。
勿論後でお叱りは受けるでしょう。
けれども先に私を呼び出されたのはジークヴァルト様なのです。
挙式二日前ともなればし、新婦側は色々と忙しいのです。
その忙しい時間の合間を縫って駆けつけたのですもの。
このくらいは許されてもいいのでは……と私は思い至ったのです。
「……失礼、致しますわね」
無言で入室もどうかと思いましたので物凄く小さな声で挨拶をしましたの。
そうして重厚な造りの扉を開けば、お部屋は爽やかな柑橘系とムスクなのでしょうか。
この爽やかな香りの中にも男性的な香りは何時もジーク様が纏われているもの。
またお部屋は何時もの様に綺麗に整頓されてはいますけれども調度品はどれも素晴らしいもので、シックな色合いと言いジーク様の趣味の良さが引き立てられております。
ですが静かに周囲を見回してもお部屋の主であるジークヴァルト様のお姿は何処にも見当たりません。
可笑しいですね。
グスタフの様子では間違いなくジーク様は私室にいらっしゃるようでしたのに……と何気に奥へ視線を向ければ扉が三つありましたの。
一つ目は浴室だと思います。
二つ目は衣装兼支度部屋なのでしょう。
三つ目は――――キャ⁉
あ、そ、そのき、きっとえぇそうですわ。
三つ目の扉の向こうは……寝室。
後二日もすれば夫婦で使用する事となるし、寝室ですわ。
す、少し頬が、いえ顔が物凄く熱く感じてしまうのは気の所為にしてしまいましょう。
私は顔がこれ以上火照まいと、ぶんぶん頭を左右へ考えもなしに振りましたの。
そこで初めて気が付いたのです。
右奥の扉が薄らと開かれたままになっているのを……。
それと同時に何やら押し殺した様な呻き声、なのでしょうか。
また思い当たらない音の様なものも何やら聞こえてきますわね。
あ、もしかすると向こうは寝室で、何処か具合を悪くなされたジーク様が助けを呼んでおられるのかもしれません⁉
そうですわ!!
それならば全て合点がいきますもの。
そうとわかれば一刻も早く駆けつけなければ!!
ここは未来の妻として放っては置けません!!
私はただ偏にジーク様の身を案じ開いている扉へと向かいました。
でもまさかあの様な事となるとは⁉
この時の私は余りにも何も知らなさ過ぎたのです。
いえ何も知らないだけではなくそこは正義の味方宜しくと言った具合に、私は決して開けてはならぬパンドラの箱を思い切り開いてしまったのです。
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