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終章   エルネスティーネ、彼女の選んだ決断と未来

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 穿たれた右肩より流れ込んでいるのは一体何⁉

 まるで永劫の時によって凍らされた湖の水底と思わせるくらいに冷たい何かと一緒にアーデルの意識が流れ込んでくる。
 そうしてゆっくりと私の身体が右肩より流れ込んでくるものと共に氷結されていく。


 隙を突かれてしまった。
 でもアーデル自身はただの人間。
 その心がどの様に堕落し慾に塗れようともだ。
 今の私は半神半人……よりも神である部分が多くその割合は未知数。

 ただ私自身がまだこの身体と力に慣れていないのも付け込まれた理由の一つ。

 力が定着していれば私の力はお母様の神として最盛期だった頃と何ら遜色はないとの事。
 イルメントルートとエルネスティーネ最初の娘である私自身の力を受け入れる事の出来るあたらなるエルネスティーネの誕生をこの千年もの間待ち続けたわ。
 
 その間お母様の魂の欠片を持つ聖女達が封印を維持してくれたのは言うまでもない。

 最後の銀の聖女でもあるクレメンティーネお母様ご自身は気づいてはおられない。
 でもお母様の中にある魂の欠片がこの封印の限界に気づいた。
 満を持してお母様は全ての力に耐えうるエルネスティーネを産んで下さった。

 ただ記憶は持たず、普通の娘として私は生まれたの。
 
 理由は色々あるわね。
 先ず全ての記憶と力を有していれば周囲はきっと物凄く驚いたでしょうね。
 まぁ普通に受け入れ難いと思うわよ。
 でも何よりも私とイルメントルートお母様の記憶と力を有したまま誕生してしまえば、時を置かずして生まれたばかりのエルの自我は消失していた。

 そうなれば最初からエルの身体は私の力に耐え得る事の出来る器としてのみ誕生したと言ってもいい。

 またそう遠くない未来においてトルテリーゼとの命と世界を賭けた戦いが待っている。

 決して逃れる事の出来ない運命。
 重過ぎる運命だけに私達は記憶と力を封じたの。
 少しの時間かもしれない。
 普通の娘としての幸せをエルに送って欲しいと願ったの。

 単なる器ではない。
 エルとして誕生し、叶う事ならば全てが終わってからエルとしての人生を生きて欲しい……とね。

 だけどまさかその願いがトルテリーゼによって悪い方向へ捻じ曲げられるだ何て思いもよらなかったわ。
 然も捻じ曲げられた先の空間でのエルは婚約者のジークヴァルト様とアーデルによって手酷く裏切られ、心を壊されてしまったエルは自ら死を選んでしまった。

 ただそれはあくまでもトルテリーゼの作り上げた空間での事。
 
 実際にジークヴァルト様は不貞を犯してはいない。
 トルテリーゼの作り上げた空間に存在した人間はあくまでもアーデルのみ。
 後の登場人物はトルテリーゼの力によるもの。
 その中でエルとジークヴァルト様はほんの一瞬心を歪な空間へと繋げられただけ。

 とは言えエルは想像以上にトルテリーゼの空間へ魂が強く繋がってしまった。
 結果彼女は自死へと追い込まれると同時に絶望の沼底へと、トルテリーゼが引き摺り込もうとした際に私は咄嗟に、本来ならばまだ現実世界では幼子故に肉体への負荷を考慮すれば決して褒められた行為ではない。
 ただこのまま何もせずエルの魂だけではなく身体ごとトルテリーゼのものとされるのならばと、私はエルの魂へ干渉した。

 その干渉がエルの記憶にすれば時間の巻き戻り若しくは夢現だと受け取ったのね。

 普通に9歳の、現実世界へ還ってきただけ。

 でも干渉した事により身体と魂のバランスは崩れ始めたわ。
 本来ならばあと数年はエルとして穏やかに暮らして欲しかった。

 エルとして、ただの普通の人間として、家族や友人と楽しくも泣きたくなる程に幸せに満ち足りた時間。


 今やこの世界と私の記憶は繋がっている。
 その器であるエルの身体と魂のバランスが崩れれば即ち世界のバランスも崩れるのと同義。
 間接的にトルテリーゼの封印を緩めてしまったのやもしれない。
 そうして今この状態はその全ての結果なのだろう。

 アーデルの想いには悪いけれども私の体内へ入った瞬間に消滅した。
 もうこの世界の何処にもアーデルの魂は存在しない筈。
 なのに……⁉

『……ふふ、お姉様は何時も詰めが甘いのです。お姉様も知っていらっしゃる通り人間の肉体は脆く脆弱なるもの。しかしその魂と言う心は酷くアンバランスであり清くも醜い。また一方で欲望にはとても忠実。己が分を弁えない者が抱く欲望程醜くも業が深くそして強い』

 流れ込んでくるトルテリーゼの意識。
 氷結していく身体へ馴染む様にトルテリーゼは私を支配しようとする。

「何が言い、たい!!」

『アーデルは愚かで分を弁えない下等な品減の雌。だからこそ欲する慾は計り知れない。妾達神々が抱く慾とは程遠い。妾は長い時の中祠へ封じられている間ずっと人間と言う生き物を見ていましたわ。お陰で今ではお姉様よりも人間に関しては、特に慾に忠実な人間には詳しくなりました。この者はその中でも一際想いと言う名の慾に忠実なる者。妾がお姉様を欲する想いとよく似ております。故にこの者の望みを叶えたいと、全てを無へと帰するほんのひと時……この者の望みでもあるジークなる者と想いを遂げさせてやりましょう』

 一体何を考え……。

『勿論その前にお姉様の全てが妾のものとなった後です。ご心配なくお姉様。お姉様はゆっくりと妾の作る虚無の揺り籠の中で眠っていらして。そう妾へ全てを委ねればよいのです。妾はエルネスティーネ貴女となって全てを無へと帰せしめる。これこそが妾が心よりの望み!!』

「止め、よトルテリー……」

 私はトルテリーゼによる魂の干渉を何度となく跳ね返そうと試みる。
 でも覚醒したばかりの私はトルテリーゼの纏う闇の力に抑え込まれ全力の力を放つ事が出来ない。

 このままでは何も出来ずに、千年もの時間が無駄になってしまう。
 
 そうしている間にも瞼が、身体が酷く重くなっていく。
 それと同時に魂が、穢れのない真っ白な魂がゆっくりと氷結されていく。
 何も出来ないままトルテリーゼの力へ屈したくはないと思った瞬間だった。

『エルネスティーネぇええええええええええええええ』

 遠くで、昔聞いた事のある懐かしい声が、凍てつこうとする心へと小さいながらも届いたのは……。
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