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終章 エルネスティーネ、彼女の選んだ決断と未来
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しおりを挟む燃え盛る炎の様な、歪められた記憶の中にあったものではなく、確かに赤い髪に変わりはない。
ただ記憶の中にある生命力に満ち溢れた艶やかさ等は微塵もない。
強いて言えば炎は炎でもこれは残火。
消えそうで消えずに静かに燃え尽きようと、まるで残る命ごと燻ぶらせている様な朱殷。
朱殷とは流れ出た血が長い時間放置され、時間と共に暗い朱色へと変色した様な色。
また彼女だとたらしめる筈の煌めく黒曜石と思わせていた瞳も今は自身の持つ慾とトルテリーゼの瘴気によってどろりと濁り、最早焦点すらも合ってはいない。
おまけに左眼は大きな黒い眼帯で覆われている。
私の記憶になかったもの。
これを意味するものは……。
目の前にいるアーデルは確かジークヴァルト様と同じ年齢と言う事はつまり肉体の年齢は普通に16歳。
同性でも見惚れる程の豊満な体躯を持つ美女だった筈なのに、トルテリーゼによって内側より少しずつ侵食された結果なのだろう。
精神を喰われているのもあるけれど、今では器である肉体までもトルテリーゼに喰われているわね。
大輪の薔薇を思わせる程の美貌を有していた美しい女性騎士。
「騎士として研鑽を積めば女性初の団長の誕生だと期待されていたと言うのに、何故愚かにもトルテリーゼの贄となったの。答えなさいイルクナーの末裔アーデルトラウト・エッダ・ボールシャイト」
イルクナー……最初に神が降り立った、あの清らかな泉のある土地。
またイルメントルートとしてトルテリーゼを封じ込めた場所。
イルメントルートの、私が加護を与えし地でもあり遥か昔アーデルトラウトの先祖でもあった人間へ、この地を祝福すると共にトルテリーゼを封じた祠を未来永劫見守り続けて欲しいと託した一族。
まさか千年の時の流れの間に封じても尚漏れ出るトルテリーゼの瘴気によってここまで変貌を遂げていたとは想像だにしなかった。
いや、トルテリーゼの瘴気に堪えうるだけの加護は与えた。
人々がその加護に奢る事なく清廉であればこの地はここまで侵食されなかっただろう。
何故ならこの地こそイルメントルートとオズが初めて出逢った場所なのだもの。
どの地よりも愛情深くそして永遠に繁栄して欲しいと私は、私の想いの一部を加護と練り混ぜたのだもの。
とは言えこの荒みきった状況を見れば一目瞭然、よね。
「お、前がこの地へ、彼の御方を封じ等しなければ……!!」
覚束ない足取りで一歩、また一歩とゆっくりだが確実に私へと向かってくるアーデルトラウト。
「確かに……ね。この地へ封印しそなたの先祖へ託したのは私だわ」
正確には私の心の一部となったイルメントルートの記憶。
抑々これを成したのはお母様。
でもお母様の力と記憶を受け継いだ今この責を負うのは私。
「何故、何故この地を選んだぁぁあああ!! この地でなければ私はっ、私や私の家族そして代々の先祖に領民達はこの地を捨てざるを得なかったあああああああああああ」
プシャァァァアアアアアアアア!!
アーデルの悲痛なる叫びと同時に両の瞳、眼帯で覆われた左眼を含み鼻や口、耳と言った全身の穴のある場所より鮮血を吹き出しながら彼女は慟哭する。
そして同時にトルテリーゼに喰われ腐敗していく肉体へ走る激痛に身体をぎゅっと小さく縮こませれば、小刻みに身体を震わせ、声にならない悲鳴を上げつつじっとその痛みに耐えている。
「もう動かない方がいいわ。それ以上肉体を酷使しない方がいい」
恐らくいや、もうアーデルは元の姿に戻る事は出来ない。
譬え私の力を用いたとしてもこれは無理。
16歳の乙女の持つ肌とは到底思えないくらいに筋と骨にと化した哀れな肉体。
それだけではない。
喰われている肉体よりじわりじわりと腐敗が始まり、その所々蛆も湧いている。
腐った皮膚よりどす黒い血と腐った肉とも呼べない筋や骨が何ヶ所も見受けられた。
体臭は……最早死臭と然して変わりはない。
それなのにまだ完全に精神を乗っ取られてはいない。
有能な騎士だっただけに彼女の精神力は並大抵でなかったのね。
でも言い換えればそれはまさに生き地獄と同義。
完全ではないにしろ自我がある状態で自分自身の身体が腐るのを受け入れるしかないだなんて……。
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