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第五章  忘れられし過去の記憶

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「そんなの決まっているでしょ、私はルルお姉様のお傍にいたいからです」
「それだけか?」
「それだけとはっ、私にはルルお姉様こそがとても大切な存なのです!!」

 妾の許へとゆっくり一歩ずつ近づくとリーゼは両の手で妾の左手を包み込みながら自身の頬へと引き寄せようとしたのだが、妾はそれを冷たく振り払い拒否の意思を示した。

「ね、えさま?」

 妾の拒絶に理解出来ないと言った面持ちでリーゼは茫然と妾を見つめる。
 
 然もあろう。
 リーゼが誕生してよりこの瞬間まで妾はリーゼを拒んだ事は全くなかったのだからな。
 だが妾はリーゼの姉である前に一人の神。
 神として時には厳しい判断を下さねばならぬ。

 叶うならば今妾が心の中で抱く不安が現実ではない様に。


「リーゼ、いやトルテリーゼよ、今一度訊こう。そなた神界で何をいたした。またコリンナの魂は如何様にしたのだ」

 頼むから妾を裏切るなリーゼ!!

 まさにこれが一縷の望みと言ったものなのだろう。
 妾は生まれて初めてそれなるものへと望みを賭けた。
 だが時に現実とは恐ろしくも残酷なものなのだと思い知らされる事になる。

「ふふ、ルルお姉様ってばまさか気付いていらっしゃったの。でも流石です。それでこそ私の愛するお姉様よ!!」

 喜色きしょく満面と言った面持ちで嬉々とした様に語り出す。
 そこへ若干の狂気を孕ませて……だ。


「だってあの馬鹿が抑々の原因なのですわ。何時もの様に蔑むくらいならばまだ私も我慢はしたのです。しかしあの馬鹿は余程消滅したかったのでしょうね」

「消滅?」
「そうですわお姉様。私達神は不老不死。望んでも普通の生命体の様に死を迎える事はありません。ただし滅する事が出来ればそれは神にとっての死と言うものなのです」

「確かに言われてみればそう……だな」
「だからアレは滅されたかったのですよ。多分膨大な時の流れの中で生き続ける事に疲れていたのでしょう。永遠の生に嫌気がさしていたのやもしれません。とは言え少しは感謝しておりますのよ」

「感謝……だと?」

 何に対してなのかと思えばだ。
 リーゼは私の背後にいるオズをギリっときつく睨めつける。

「お姉様に新しいが出来たと教えて貰った事ですわ」

 その言葉に眩暈を覚えた。
 一体何番目の兄妹がその様な戯言を申したのかはわからない。
 だが私は一度たりともリーゼやオズをその様な対象として見た事はない!!

「お怒りにならないでお姉様。確かに最初はショックを受けましたわ。でも……」
「でも何だ」
「切っ掛けは様々ですが私は気づく事が出来たのです。そしてこの様に無事成体へと進化を遂げる事が出来たのです」

 両手を広げ妾を抱き締めようとするリーゼ。
 だがまたしても妾は一歩後ろへと下がり、リーゼの抱擁を拒絶する。
 
「何故ですの姉様。どうして今までの様に私を受け入れては下さらないの!!」

 心より血を流す様なリーゼの悲鳴ともとれる悲痛なる叫び。

「確かにそなたは成体へと進化を遂げた。だがその姿は妾の知る神の姿ではない」


 堕天……まさに今のリーゼに相応しい言葉。


 我らとは違う神ではないもの。
 また人間とも違う。

 我ら神が生命体を愛し育み、その成長を促す存在ならば今のリーゼは全てを破滅に齎す者。

 破壊の限り、有あるものを全て無に帰すのを喜びとせし存在。

 混沌の母は我ら全てを超越した存在故に多分無事であるとは思うが、大神である父と多くの兄弟達は恐らく……。

「えぇ滅しましたわよと言うべきなのでしょうか。私の力が発現した瞬間、神界にいたであろう多くの神々は一瞬にして滅してしまいましたわ。その様子を見てこれ程までに脆弱な物達に虐げられていたのかと、思わず笑ってしまいましたわ」

 予感的中……か。

「ではコリンナの魂は如何した」

 コリンナ?……と小首を傾げ少し逡巡したかと思えばだ。
 リーゼは朗らかにコロコロと笑ってみせた。
 普通ここは笑う場面ではないと思うぞ。

「ふ、この娘はそこな雄へ恋をしておりましたの。ずっと以前からですわ。気の弱い性格故に雄へ想いを打ち明ける事も出来ず日々悶々と過ごしていた所へふふ、お姉様も罪作りですわよ」
「何をだ」
「この娘はお姉様の存在を知り、またそこな雄が恐れ多くもお姉様へ懸想している事を知り嫉妬で身を焦がしておりましたの」

「真か……」
「嘘だ!!」
「お黙り人間の雄!!」

 リーゼは感情のまま闇の炎でオズを襲う。
 
「あぅっ⁉」
「オズ!!」

 コリンナの事で一瞬反応が遅れてしまった。
 その結果オズの肩は黒い炎で燃えている。
 直ぐに火を消したのだが闇の炎で生身の人間が燃やされたのだ。
 呪と言う形でオズの身体をじわじわと痛めつけるだろう。
 リーゼとの件を一刻も早く済ませ解呪しなければ最悪オズは死んで――――いや、馬鹿な事を想像するな!!

 オズは決して死なせはしない。
 何としても助けてやる。

「オズ、そなたはそこで大人しくしておれ。良いかこれは命令だ。大人しくしておれば……」

 呪の巡りはそう早くは進むまい。

「っ、ね、寝言は一旦寝てから言えよ。出来れば俺の腕の中でぐっすり眠ってから言ってくれると嬉しいのだが……な」
「阿呆っ、動くでないわ!! そなたは今直ぐにでも死にたいのか!!」

 肩を抑えながら苦悶に満ちた表情をしつつもまだ立ち上がろうとするオズ。
 確かに戦士として並外れた胆力があるのはわかる。
 だが幾ら鍛えておるとは申せ、その呪は生命体へかなりの激痛を与える。

「今は頼むから休んでくれ」

 妾は結界をオズへと展開させる。
 これで少しでも呪の巡りが弱まればよいのだがな。

「本当に何処までも憎たらしい。私の攻撃を掠った程度でお姉様の関心を惹く等とは、本当に下等な生き物ってこれだから嫌だわ」
「黙るがよいリーゼ」
「あらお姉様、お姉様はそこな下等生物の雄に騙されておられるのです。神であられるお姉様がその様にお心を砕く必要はないのです。私が、このトルテリーゼがお姉様のお傍に永遠におりますわ。だから――――」

 リーゼの身体より醸し出されるのは噎せ返るような色香。
 しかしただの色香ではない。

 闇色に染まり猛毒を含む色香。

 それは私の知るリーゼとはかけ離れた見苦しい形でもあったのだ。
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