80 / 140
第四章 指し示される道
10 Sideアーデルトラウト
しおりを挟むああ私は心の底からエルネスティーネになりたい!!
没落寸前の子爵令嬢だって騎士団へ所属していれば自ずと話は漏れ聞こえてくる。
三十四年ぶり、王妹殿下以来の王家の血筋を受け継ぐ侯爵令嬢。
男系家系の王族にしてみれば女児が誕生するだけで国を挙げてのお祭り騒ぎ。
然もエルネスティーネは両親や家族だけじゃない。
国王夫妻に四人の王子様達や多くの者より大切に、そして大層愛しまれていると聞く。
ふん、団長のライト殿下の会話の様子からでもわかる。
殿下ご自身もエルネスティーネへ特別な感情を抱いている……と。
第一騎士団団長のエーベルハルト殿下は真面目で堅物、おまけに女性に限らず同性に対しても軽口なんて一切仰らない無口で面白味の欠片すらない男。
王子の身分と騎士団長でなければ誰も……って普通に令嬢達からの人気はない。
だから殿下がエルネスティーネをどう思っているのかなんてわからないし特に興味もない。
でもあれは何時だっただろう。
王城内を巡回していればだ。
丁度エーベルハルト殿下が回廊を一人で歩いていると――――。
『エーベルお兄様!!』
殿下達と同じ髪色に菫色の瞳をキラキラと輝かせながら猛ダッシュで駆けていく小さな女の子がいた。
『どうしたエル、一人では危ないだろう』
『だってお庭の小鳥達が私を呼んでいるのですもの。だからお庭へ行こうと思った時にエーベルお兄様の御姿が見えたの』
『そうか。でも一人では駄目だ。俺を含め皆が心配する』
『ごめんなさいお兄様』
何処にでもある他愛のない会話と光景。
でもエーベルハルト殿下を知る者が見ればこればかなりレアな場面。
彼の腕の中で甘えて抱かれている少女へ優しい眼差しに物言いはアレだが、それでも溢れる愛情に優しい声音。
不器用で有名な王子を一瞬で変えてしまうその存在に驚愕が隠せなかった。
あの時はまだ私も新人でジークの事を好きでもなかった。
いや、毎日を必死に生きていく事だけしか考えられなかったわ。
でも後にあの時の少女がエルネスティーネだと知った時は、そうこれは逆恨みだとわかっている。
幼い彼女を恨んだところで何も解決はしない。
だけど同じ女として生を受けてこの差は一体何?
ジークを好きになって尚一層エルネスティーネが憎くて仕方がない。
殺しても殺しても殺し足りないくらいに恨んでもいる半面、心の奥底より焦がれる様に羨ましくて、何時しかエルネスティーネになりたいと願った。
出口が決してない堂々巡りな日々。
自分の不満をぶつける様に他の男との情事に耽り鬱憤を晴らしていたわ。
そうして気づけばあの大魔女の一件より数ヶ月の時間が流れ私自身気にも留めていなかった頃の事。
愛人の一人、そうジークの側近で乳兄弟の男より齎されたわ。
公爵家の当主でもあるジークは優しいけれども口はとても堅い。
でもたった一度だけ。
エルネスティーネの奇病により何時も自分だけが忘れられてしまうと、乳兄弟と酒を飲み明かした夜に苦悶に満ちた表情で吐露したらしい。
私はその乳兄弟へ今まで培った手練手管を使い、好きな男の情報をそれとなく小出しに、決して怪しまれない程度に感情を昂らせた時に強請る様に聞き出していた。
譬え一緒にはなれないとわかってはいてもそこは好きな男の秘密や行動は、どんな小さな事でも知りたいと思う女の切ない恋心。
まさか王家が秘匿していた奇病まで知る事が出来るとは流石に思わなかったわ。
それと同時に私ならばジークを決して悲しませやしない。
まだ絶対に何があろうともジークを忘れたりはしない。
私なら、そう私ならジーク貴方を……。
先日の事だったわ。
ジークがその乳兄弟へ告げたのよ。
『もう少し彼女が大きくなれば、俺は正式に婚約を申し込もうと思う』
婚約?
結婚⁉
「痛っ!! おい、何人のモノを握り潰す程って、そんなに強く握るなよって聞いているのか、おい」
はっ、男の声なんて聞こえないしどうでもいい。
それよりも何よりも今私の心が一瞬で凍りついてしまう。
ジークが婚約!?
そ、そりゃ何時かは、そう何故ならジークは公爵家の当主だから絶対に跡継ぎは必要。
決して私ではない、良家の令嬢が彼の正妻になる事もわかっていた現実。
とは言えこれはかなりの衝撃だった。
私に残っていただろうなけなしの良心が消えてしまう程に……ね。
『フフフ、待ッテイタ甲斐ガアッタ。コノ短期間デ妾ノ好ム色ヘト魂モ染マリツツアル。アーデル、オ前ノ望ミハ完璧ニ叶エテヤロウ。ソノ代ワリニワカッテオルナ』
「えぇ、私の望みをちゃんと叶えてくれればこの身体を自由にしていいわ。その代わり絶対に完璧によ。エルネスティーネが今後味わう全てのモノ、何もかも全てを私に頂戴!!」
『良カロウ約束ジャ』
その夜私は大魔女トルテリーゼへ魂だけではなくこの身体までを彼女へ売り渡した。
これでジークだけじゃない。
エルネスティーネも私のもの。
あぁ大魔女を開放すれば世界?
私にとって世界なんてどうでもいいわ。
それにこの世界が一度でも私に優しかった事はない。
私にとって世界とはジークかそれ以外。
イルメントルートが愛したであろうこの世界。
でもその彼女が私の領地へ大魔女を封じたからこそ私は回り回って不幸へ陥ったの。
だから今度は私が幸せになる番。
この世界もエルネスティーネも全てが私以上に不幸となるがいいわ!!
32
お気に入りに追加
2,693
あなたにおすすめの小説
【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った
Mimi
恋愛
声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。
わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。
今日まで身近だったふたりは。
今日から一番遠いふたりになった。
*****
伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。
徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。
シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。
お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……
* 無自覚の上から目線
* 幼馴染みという特別感
* 失くしてからの後悔
幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。
中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。
本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。
ご了承下さいませ。
他サイトにも公開中です
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです
たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。
お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。
これからどうやって暮らしていけばいいのか……
子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに……
そして………
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる