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第三章  別離

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 ゴーンゴーンゴーン……。


 国中の、ううん多分世界中の大小様々な神殿より悲しみの音が鳴り響いている。
 先日大神官長様はご逝去あそばされた。
 

 あの後直ぐに王宮の侍医達によって大神官様の治療を始め……ううん、もうその時既に大神官長様は天上国へと旅立たれていた。

 大神官長様、本名マグダレーネ・アメリア・イェンシュ伯爵令嬢。

 慈愛の大神官長様と、ファルーク王国だけでなく世界中の信徒より尊敬と敬愛された御方。
 今日行われているご葬儀が終われば、暫くの間は大神殿の奥にある聖殿で安置されると言う。
 信徒達のお別れが終われば大神官長様のご遺体は、神殿の地下にある代々の大神官長様達がお眠りになられている霊廟へと移られる。
 
 因みに私は今大神殿にはいない。
 本来ならば大神殿で誰よりも大神官長様の御近くにいたかった。

 何故なら今回の件は全て私の行動が原因。

 抑々私がいらぬ好奇心を発揮したが為に森で襲われたり、意識を失った際にあの空間へ引き摺り込まれなければ大神官長様は今もお元気だった筈。
 
 そう考えるだけで、自分の身勝手さが招いた結果に泣く事しか出来ない私は卑怯者。
 自分の罪深さに心が壊れてしまいそう。

「エル様どうかお身体に障りが出てしまいます。お願いですからもうお泣きにならないで下さいませ」
「で、でもテアぁぁああああああああ」

 私は毎日泣き暮らしていた。
 ポジティブな性格なのに、元気だけが取り柄なのに、自分の犯した余りにも大きな罪に心が押し潰されそうになっている。

 タウンハウスへ戻れば何時一人でふらふらと出歩くかもしれないと判断され、今は王宮の一室で療養させられている。
 私はその決定すらどうでもよかった。

 そう何処にいようともう、大神官長様はお戻りになられる事はない、のだから……。

 
 また余りに泣いてばかりいるから到頭とうとう侍医より心を安定させる為に定期的に安定剤を飲まされ、半強制的に眠らされている。
 私が眠っている間に今回の様な事が起こらない為にと、神殿より神官が数名が派遣された。
 そしてお母様も『私も何かの役に立つ筈です』とずっと私の傍にいて手を握り締めてくれているとは言え……。

「ダメ!! お母様まで大神官長様の様に……」
「親は子を護る為に存在するのです。それにこの私がむざむざと敵にやられるとでもお思いですかエルネスティーネ」

 確かにそう簡単にお母様はやられてはくれないだろう。

 でもだからこそ怖い。

 こうして眠るともしかしてお母様まで……と考えれば考える程にあちらの世界での大神官長様の御言葉とお姿が、そしてこの世界で大神官長様をだと述べられていたあの御方との姿が重なっていく。

「大丈夫だよエル。ここには物理的な意味で重防御結界だけでなく、精神世界の防御結界も複数展開されている。それに僕はやや少し力不足かもしれないが騎士達も、ジークだってこうして部屋に詰めてくれているから安心するといいよ」

 アルお兄様の優しい笑顔に安心はするけれど……。

「ジ、ク様?」

 とは一体どなたなのかしら。
 私はその方がわからず周囲をぐるりと見回してみる。

「こんにちはエルネスティーネ嬢。私はシュターデン公爵、ジークヴァルトと申します。どうぞジークとお呼び下さい」

「……は、いジーク様です、ね」

 優しげな、でも何処か憂いを秘めた物寂しい笑顔にきゅんとする。
 でも何故かその様子が懐かしいと思うのはどうしてなのかしら。
 それよりも私は今あの世界での出来事と亡くなられた大神官長様の御言葉、通りに……。

 そこで私の意識はぷつんと途切れてしまった。
 
「漸く薬が効いてきたのですね」
「はぁ全く、何時もながら綺麗にお前の事を忘れてくれているよな」

「でも無事ならばそれでいい。次は何があろうと俺は彼女を護ってみせる」
「あーそれで陛下へ願い出たのか」

「ああ……」

「宜しいでしょう。この件に関しては私が旦那様を説き伏せますわ。その代わりしっかりと節度のある対応を願いましてよ公爵」

「まぁそうですね。兎に角お前は一度宿舎へ戻って風呂へ入って来い。幾ら何でも森の一件よりずっとエルのいるこの部屋から片時も離れられないのは気持ち的に理解出来るのだがな。しかし傍にいる者にしてみればある意味地獄だぞ。もう臭くて敵わないから今直ぐ行け」
「だ、だが……」
「安心しろ。お前がいない間は王子殿下達が交代で来てくれるらしい」
 
 王子が交代でって言う件も他人が聞けば異常だと言うだろう。
 だが本当にエルは愛されている……とアルフォンスは思った。
 とは言え王子だけでなく自分もその一人なのだと自負もしていた。





「久しぶりだなアーデル」

 王子達の到着を待って部屋を辞したジークヴァルトは、そのまま第二騎士団の宿舎の中にある浴室へと向かう途中一人の騎士と遭遇する。

 炎の様に燃え盛る真っ赤な髪にキラキラと輝きを放つ黒曜石の瞳を持つ、華やかで大輪の薔薇を思わせる美しい女性騎士。
 その美しさも然る事ながら剣の腕も超一流、これで家柄が良ければ文句なしに女性初の団長も夢ではないと言わしめるのはジークヴァルトの親友であり相棒、イルクナー子爵令嬢アーデルトラウト・エッダ・ボールシャイト。

 別名茨の騎士とも呼ばれている。

 

 それを揶揄されたもの。
 何時もならば彼女はジークヴァルトの声掛けにやや食い気味で喰らい付いてくるのだがこの日は違った。

「悪い、先を急ぐから……」

 何故かジークヴァルトを避ける様に彼女は足早に去っていく。

「何かあったのかそれとも……まぁ俺も急いで風呂に入り、またエルの許へ行かねばいけないからな」

 特に深く考えずジークヴァルトは騎士団の宿舎の中にある浴室へと向かった。

 そう彼は知らないし気付かなかった。

 アーデルトラウトの左目に通常のものよりも少し大きめな眼帯が装着されていた事を……。
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