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第三章 別離
5 Sideジーク
しおりを挟む「――――エルっ!?」
「やあ気が付いたかいジーク」
はぁはぁ……俺は、あ、れは夢?
それとも……。
覚えているのは噎せ返る臭い。
譬えるならば安物の香水の中へ大量のラグドゥネームでも投入されているのかと思うくらいに毒々しい。
もし本当にあの手の香水が実在しているとすれば、相当に毒性の強く甘い毒の香り……だな。
一度嗅げば決して忘れる事が出来ないし、抑々健康が維持できる保証はないな。
ただし二度と嗅ぎたくはない。
絶対にな!!
次に覚えているのは――――って、可笑しい。
何も覚えてはい、ない。
つい今し方見たであろう夢……の筈。
だが妙に生々しい感触が、身体と心へ纏わりつくこの感覚は一体……。
「……ねぇ聞こえているのかな。我が部下であり叔父上殿。こう見えて俺も暇人ではないからね。全く王子様稼業も楽ではないよ。父上だけでなく最近は兄上達まで俺を色々とこき使ってくれるのだから堪ったものじゃないよね」
全く、末っ子に産んでくれとは誰も頼んでないって言うの……と目の前で、王家特有の赤毛交じりの金色の長い髪をポニーテールしたのはいいが、怒りの余りぶんぶんと振り回す。
ただ何に対して怒っているのかは聞いてはいないし聞きたくもない。
変に絡まれると面倒なのは付き合い上十分理解はしている。
また怒りの籠る金色に輝く瞳の主は、この国の第四王子殿下であると同時に俺が所属する第二騎士団の団長。
俺の姉が王妃である故に年下にも拘らず殿下にとって俺は叔父と言う、何とも納得が出来ない且つ微妙な立ち位置。
然も両親が幼い頃に他界した為、俺は12歳で公爵家の当主となった。
何も事情を知らない者達にしてみれば姉は現王妃であり自分は公爵家の当主。
時期国王と目される姉の産んだ第一王子が既に立太子しており、我が家は益々安泰だと思い羨む事だろう。
だが現実は決してその様に甘くはない。
当時12歳だった俺には姉以外の兄妹はいない。
その姉は既に王妃であり、四人の子を持つ母。
王妃として日々公務と育児に追われればだ。
幾ら実弟とは言え、一貴族家へ過度な肩入れは出来ない。
ただ俺がまだ成人前と言う事もあり、一応後見人とはなってくれたのがせめてもの救いだった。
しかし幾ら王家より人材を派遣してくれ、また公爵家に留まってくれている優秀な者達により何とか領地経営は行えてはいたものの、僅か12歳で広大な領地と領民の命を背負うのは重過ぎる十字架だった。
本音を言えば子供だからと全てを投げ出したかった。
だがこれまで俺がその責任を放棄せず、これまで領地や領民を護りつつ騎士として立つ事が出来ているのは偏にエルネスティーネ、貴女の存在があっ――――⁉
「ライン殿下っ、え、エルは、彼女は今何処に――――!!」
そうだ、今は過去語りに耽っている場合ではない!!
あの森の奥で俺は魔獣と呼ぶには些か問題がある花の化け物と対峙していた。
俺が不甲斐ないばかりに心優しいエルは自らをを贄とし、その間に俺を逃がそうと考えたのだろうな。
だが俺がエルをあの化け物に喰わせる筈がないだろう。
何とかその場はエルを護ったものの、花の化け物によって再び俺は窮地に立たされ己が力量不足故に死を覚悟し始めた時だった。
そう最初に感じたのは希望。
確かに俺にとってエルは希望そのもので、それは決して間違いではない。
しかし俺が倒れれば間違いなく幼くもか弱いエルは、この化け物に襲われれば一溜りもないだろう。
だからこそ何があろうとも決して俺は背後にいるエルを護りたい!!
その想いが強く……ではない。
理由等どうでもいい。
ただ感じられたのは、エルがいるだろう場所より疲弊しきった俺の心と身体にそっと包み込まれる様な感覚。
譬えるなら春の陽気だな。
ポカポカ陽気のお日様の様に温かい、眩い命の輝きとも思えるものが俺を包み込みつつ身体の中へと流れ込んできたのだ。
上手く説明できないのだが、魔法とかそう言う類ではないと思う。
その不思議な何かに驚ろき、思わず背後へと振り返ればもっと驚いてしまった。
何故なら希望の光と思ったものがエル自身の内側?
いや正確には彼女の身体を中心として眩い輝きが一斉に放たれると同時に、俺の意識は情けなくも遠のいてしまった。
騎士として本当に情けない限りだと猛省する。
ただ最後にあの花の化け物の断末魔の様な悲鳴が遠くに聞こえたのを微かに覚えて……いる。
そうして気づけば寝台で眠っており、上司である甥の言葉で覚醒したと言う訳だ。
「エルは眠っているよ。でも怪我はしていない。ただ念の為侍医と大神官長に診て貰ってはいる」
「そう、か、良かった無事で……」
エルが無事である事を聞き俺は神へ深く感謝したのは言うまでもない。
何時もの様に俺を忘れていて構わない。
だからエル、どうか一日も早く貴女の愛らしい笑顔を見せて欲しい。
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