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第三章  別離

4  Sideジーク

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 ズキズキからのガンガンと何故か頭が酷く痛む。

「旦那様お薬をお持ち致しましょうか」
「いや、いい……」

 可笑しい。
 何時もとは何かが違う。
 何だろうこの微妙な違和感は……。

 

 ん、それにここは、何処……だ?
 俺の私室ではない。
 では何処……いや見覚えはある。
 確かにここは我が邸宅内であるのは間違いない。
 だがこの部屋はもう数年前より使用されてはいない。

 何故ならここは公爵夫妻の寝室だからだ。

 亡くなった両親の思い出の部屋でもあるから、俺の伴侶となる未来の公爵夫人を娶った時まで封じていた筈。

 一体何が起こったのだ。
 先ずこれまでの経緯に関する記憶がない事が違和感でしかない。
 これではまるで彼女の様……に?

 そうだエル!!
 エルネスティーネは何処、に……。

 脳裏に浮かんだのは赤毛交じりの金色ストロベリーブロンドの長い髪。
 優しい色合いの菫色の大きな瞳。

 だが何故なのだろう。
 俺の知るエルは9歳の愛らしく元気な少女。
 とは言え記憶の中にいる存在の愛らしさは変わらない。
 いや一層愛らしくも美しい、まるで大輪の花?
 可憐で凛とした白百合の様な乙女の姿だった。

 何を馬鹿な、彼女はまだ9歳の少女だ。
 しかし先程の彼女は確かに――――⁉

「エルは!? エルネスティーネの容体はっ、彼女は無事なのか!!」

 フラッシュバックの様に階下へ落下していく俺と彼女の姿が蘇る。
 俺は寝台より跳ね起きグスタフへ確認する。
 そう確認したのだがどういう事なのだ。

 グスタフだけでなく、家政婦長や他もメイド達も何故か全く表情のない完全なる能面。

 然も全員がと宣うのだ。


 最初は何か悪い冗談なのかと、いやこの屋敷でその様な性質の悪い冗談を言う者は一人として存在しない。
 エルネスティーネは…………。

 彼女について考え始めるとまた頭の中に青紫の靄が掛かっていく。
 エルを思い出そうとすればする程に靄はより一層濃くなってゆき――――。

「やだぁダメよジークってば、物事をそんなに深く考えるものではないわ」

 笑いながら無作法にもノックをする事なく部屋へ入ってきたのはだった。

「おいアーデル、どうして俺の邸宅へと言うのか先触れも出さず……⁉」
「ふふ決まっているじゃない。ここは貴方と私の部屋なのだもの。愛する者同士が同じ部屋にいて何が可笑しいのかしら」

 そうして当たり前の様に身体を休めているだろう俺の部屋へ許可なく入ればだ。
 更に迷う事なく傍近くまで来るだけではない。
 俺の許可もなく寝台へと腰を掛け、俺の身体へしな垂れかかろうとした。

 当然咄嗟に俺はそれを躱す。
 俺の行動にアーデルは不機嫌を露わにするのだ。
 彼女の一体何があったと言うのだ。
 全く理解出来ないし理解する心算もない。

「おい、幾らなんでも――――っっ⁉」

 周りを見れば何時の間にかグスタフはおろか他の使用人達の姿が見当たらない。
 一体何が起こっている。

 幾ら同じ騎士団へ所属しているとは言え、俺は一度も公私を混同した覚えが⁉

「……っうう゛⁉」
「ふふ、馬鹿ね。深く考えようとするからよ。ね、ジーク貴方は何も考えないで。そうして考えるから頭痛がするのよ」

 仄かに香る甘い、甘過ぎる香りが頭の中まで甘く痺れさせる。
 甘いものは嫌いではないがこれは明らかに身体に悪い甘さだ。
 悪いとわかっているのに抵抗が出来、ない。 
 何時ものアーデルとは違う。
 毒の様に甘い色香を孕んだ蠱惑的な声により、俺の心と脳が徐々に麻痺をして……いく。


『さようなら……』


 俺の身体と頭の中で纏わりつく青紫の靄の奥。
 更に深く深淵のとある場所で、まだ汚染されてはいないだろう心の奥より聞こえてくる悲し気な……の声。


「はあ⁉ 本当に何処までも忌々しい小娘!!」

 冷たく吐き捨てられるアーデルのものらしい下品極まりない言葉と嘲笑いに俺は嫌悪する事も出来ず、未だ彼女を突き放す事も出来ない。

 何か得体のしれないものに身体と心が侵され、このまま無抵抗な状態で俺の意識は呑み込まれるの、だろうか?


 全てを、……ルを忘れて……いや、あの悲し気な笑顔を忘れてはいけ、ない!!

 
 だが俺の想いとは別に視界はスーッと闇へと覆われ、俺の意識はその闇の中へと吸い込まれていった。
 
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