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第三章  別離

1  Sideジーク

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 『さようなら……』


 ただその一言だけを幾たびも貴女は俺に残していく。

 俺は幾たびその言葉を聞いた事だろう。
 また別れの言葉を聞く度に絶望しただろう。

 永遠に繰り返される貴女との別離わかれ

 だが貴女と出逢える事に俺は一度たりとも後悔はしていない。

 そして俺は希う。
 次に出逢った時こそ俺は貴女と死を分かつ迄共にありたい。
 それが俺……の唯一の願いだ。







 目の前には満面の笑顔貴女。
 ただその笑顔は何処までも儚げで、笑顔なのに泣いている様にしか見えない。
 真っ白な、いや少し黄みがかったアイボリーホワイトのドレスがバルコニーより飛んでひらひらと蝶の様に……?

 いや違う!!
 何故貴女はバルコニーより身を投げるのだ!?
 また俺を置いていくのか。
 
「…………」

 俺は必死に貴女へと手を差し伸べる。
 だが何故か貴女の名がわからない。

 でも俺は貴女を知っている!!

 知っているのに何故?
 本当に俺は貴女の名を知って、いるのか?

 俺はどうしても名を思い出せない貴女が、愛しいと思う顔がすーっと青紫色の少し……いやかなり毒々しい霞に包まれ、はっきり姿が見えない事に苛立っていく。
 
 この青紫の霧は何なのだ。

 禍々しくも毒々しい霧は何処から発生、した?

 わからない。
 ただこの霧の中にいるのは危険なのだと、それだけは本能的に悟った。

 俺は必死にこの霧より抜け出そうと足掻く。
 だがどれ程足掻こうが霧は俺の身体に蛇の様に巻きついてくる。

 あぁ今直ぐにでも貴女を追わなければいけないのに、悲しみの中で一人寂しく堕ちていく貴女を追い掛けた、い?
 俺の愛し、い…………。

 俺は一体、俺が心の底より愛しいと思う女は……。

 何時も輝くばかりの微笑みで俺、を見つめ、愛し……ぅああ、うぅっ!?
 
 い、や違う。
 俺が愛しいと思うのは、俺の婚約者はイルクナー子爵家の令嬢であり、同じ騎士団で女性騎士として働いてもいるアーデル。

 燃え盛る炎の様な真っ赤な髪に自信溢れる黒曜石の瞳を持つ魅力的な女、だ。
 外見だけでなく剣の腕前も信頼、出来ると……も?

『デハナク、私ハ貴方ノ愛シイ存在』

 あーで、る?
 
『ソウ私ハ貴方ノ、オ前ノアーデル』

 一層霧が濃くなっていく。
 それと共に俺は思考を巡らせるのが酷く億劫になって、いく。
 頭、の奥でと誰か、が叫んで、いる。
 だがもう、それすらもどうでも、あぁこのまま愛しいアーデルと、そう永遠に、何時も俺の魂が望んでいたように今度こ、そ――――⁉


『さようなら』

 意識が霞んでいく向こう側で微かに聞こえる別離わかれの声。
 意識の向こう側で貴女は悲しみの涙をぽとりぽとりと頬へと伝わせていく。


 お願いだからもうこれ以上泣かないでくれ。
 貴女は泣いているよりも笑顔が一番似合う……筈?

 お、俺は何を言って、い、る?
 俺は貴女を見知ってはいな……い?

 いや違う!!
 見知ってって何がどう違うと言うのだ。

 第一俺の婚約者は……?

 アーデル……だよな。
 俺はアデ、ルと婚約して、いる?
 では目の前の貴女は一体……。

 貴女は何故こんなにも悲し気に微笑みそうして――――⁉


 何処までも澄み切った青い空にアイボリーホワイトの、太陽の光でキラキラと虹色へと光輝きながらその姿はまるで妖精に見えてしまう。
 
 空を優雅に舞う妖精が……って違う!!

 悲し気な笑みのまま、貴女は俺を見つめたまま、バルコニーより身を投げた瞬間だった!!


「エルネスティーネえええええええええええ!!」


 俺は貴女の名を呼び、あらん限りの大声で叫ぶ。

 そう貴女は!!

 俺の妻となるこの世界で最も大切で愛おしい女性!!
 貴女の名を告げたと同時にあの禍々しい青紫の霧が、まるで意思を持つ何かの様に口惜しそうに霧散していく。
 
 あぁ何故この瞬間までアーデルを婚約者と思っていたのだろう。
 そして何故エルが今身を投げている理由も当然の事ながらわからない。
 何もわからないまま身を投げたエルを見た瞬間、俺は何も考えずただ目の前より消え、地上へ落下していく愛するエルの姿を追い掛ける様にバルコニーの手摺を蹴り宙へと身を投げた。

 エル、絶対に貴女を死なせはしない!!
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