上 下
45 / 140
第二章  干渉と発露する力

24

しおりを挟む


 ジ、ク様?


 そう声を発しようと思った。
 でも何故か思う様に声が出せない。

 ううん、それだけではないわ。
 ジーク様の叫び声によって一時的に意識が浮上する感覚はあったものの、直ぐにまたあの青紫の霧の様な靄が私の視界を、心を、身体を覆っていく。
 そうして覆われた靄によって意識を保つ事が物凄く緩慢となり、全身より力が、体力や気力に精力と言った身体を動かすものとして必要なもの達が徐々に抜け落ちていく。
 

 今の私は言ってみれば糸の切れた操り人形。
 一人では指先一つ動かせない。
 一体私はこれからどうなって……あぁ本当に何もかもが煩わしい。
 
 全身が気怠くて、ただ、ただもう楽になりた……い。
 
 頭の中?それとも身体全体なのかよくわからないけれどふわふわする、わ。
 もうこのままでいい、よ……。


「意識を強く持つのだエルネスティーネ!! 今自分が何処にいて何の前にいるのか、その瞳を開けてしっかり見るのだ!!」


 余りの大きな声に吃驚し、反射的に瞳が開く。

「な、なな……⁉」

 視界いっぱいに入ってきた衝撃的な存在に、私は言葉すら発する事が出来なかった。

 そう目の前にいるのは――――。
 先程まで小さな花だったであろうものは何時の間にか一つの大きな塊となり、おどろおどろしく暗赤色を滲ませた仄暗い蒼色で、形状は肉厚の大きな花びらが九枚の花?

 これを花と呼んでもいいの⁉

 九枚の、その何れの花びらもまるで独立した一つの意識体の様に前後左右へ自在に動いている。
 真ん中にあるだろう筈の雌蕊めしべや雄蕊と言った存在は認められない。

 あるのは底が全く見えないだろうぽっかりと空いている闇色の空洞。
 一度でもその空洞の中へ呑み込まれれば間違いなく生還不能なのだと強制的に、一個の生命体として認識させられてしまう。

 またこの禍々しくも大きな物体、花と呼ぶには躊躇いを抱かざるを得ないモノは間違いなく
 
 そしてその捕食者の口とも呼べる大きな闇の空洞の目の前にいる私は、はっきり言って普通になのだろう。

 
「い、嫌!?」

 今初めてこの現状を急速に、現実に起こっているのだと理解させられる。
 確か私は膝を抱えガゼボの中で座っていた筈。
 なのにどうしてガゼボを出て、花と呼ぶには少しも可愛らしさの欠片のないものの前で、今にも自ら飛び込もうとしていたの?

 あと少し、そうジーク様が声を掛けて下さらなければ今頃私は――――⁉

 想像したくない。
 そう思った時だった。
 アレの近くへ小鳥が飛んできたのではなく、まるでふらふらと誘われる様に真ん中の空洞へと下降すればだ。


 ピィピギィィィィィィィィ!!

 
 無数の青黒い触手の様なモノが小鳥を捕え、そのまま問答無用とばかりに真っ黒な空洞の中へと消えていく。
 少しすると大きな肉厚の花びら達が、まるでゆっくりと咀嚼しているかの様にゆらゆらと大きく動いている。
 私はその光景を目の当たりにして吐き気を催しそうになったけれども必死に堪えた。

 そう今消えていく小鳥の命を可哀想だと悲嘆に暮れる時間すらも私には与えられなかった。

 何故なら無数の触手は小鳥一羽では物足りない?
 ううん、ただ空洞より伸び出た数が多過ぎただけなのか、それとも残る触手が花の傍近くにいる私を捕食対象と認めたのだろう。
 あっと言う間に私の左足や腰へと素早く幾重にも巻き付けばよ。
 ぐいぐいなんて決して可愛いらしい表現ではない。
 強制的に小鳥が消えたであろうあの空洞の中へ私を引き摺り込もうと仕掛けてくる。

「や、嫌!! は、放し……た、す、け……」

 情けない事に私は余りの恐怖で身体が強張り思う様に動けない。
 助けて欲しいと思う一方で、何故かあの中へ堕ちてしまいたいと願う自分の心に驚愕してしまう。
 恐怖しか感じられない空洞の中が酷く甘く痺れる様な空間なのだと、頭のどこかで何者かが何度も優しく囁きかけてくるの。

 その恐怖と甘い誘惑との狭間でじりじりと、私は僅かながらも花の方へと歩を進めようとした時だったわ。


「諦めるな!! 今直ぐ貴女を助けるからほんの少しだけ耐えてくれ!!」

 5m程離れた所でジーク様もまた伸びる触手と戦っておられる。
 触手は長く自由自在に動いている。
 おまけにジーク様が剣で切り付けても直ぐに再生若しくは新たな触手が伸びてくる。
 はっきり言って全く助けて貰えるだろう要素は現時点で何処にもない。

 無理、よ。
 ジーク様お一人では無、理だわ。
 私まで助けるなんて、あぁまた頭の中に霞が……。


 このままではジーク様の命も危ない。
 そして多分私はもうあの花からは逃げられない。
 ならば私がこの中へ、そう今私はこの空洞の中へ入りたいと言う気持ちと期待が綯交ぜ状態になってしまっているのだもの。
 
 恐怖心を消してしまう程にね。
 だから私がこの花のご飯になっている間に……。


「に、逃げて、ジーク、様――――」

 私はその言葉を最後にガゼボの柱の一つにしがみ付いていた手を放してしまった。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

真実の愛は素晴らしい、そう仰ったのはあなたですよ元旦那様?

わらびもち
恋愛
王女様と結婚したいからと私に離婚を迫る旦那様。 分かりました、お望み通り離婚してさしあげます。 真実の愛を選んだ貴方の未来は明るくありませんけど、精々頑張ってくださいませ。

愛なんてどこにもないと知っている

紫楼
恋愛
 私は親の選んだ相手と政略結婚をさせられた。  相手には長年の恋人がいて婚約時から全てを諦め、貴族の娘として割り切った。  白い結婚でも社交界でどんなに噂されてもどうでも良い。  結局は追い出されて、家に帰された。  両親には叱られ、兄にはため息を吐かれる。  一年もしないうちに再婚を命じられた。  彼は兄の親友で、兄が私の初恋だと勘違いした人。  私は何も期待できないことを知っている。  彼は私を愛さない。 主人公以外が愛や恋に迷走して暴走しているので、主人公は最後の方しか、トキメキがないです。  作者の脳内の世界観なので現実世界の法律や常識とは重ねないでお読むください。  誤字脱字は多いと思われますので、先にごめんなさい。 他サイトにも載せています。

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

処理中です...