上 下
34 / 140
第二章  干渉と発露する力

閑話 愛する娘 Sideクレメンティーネ

しおりを挟む

「先程は色々と失礼致しましたわ。私はアルフォンスとエルネスティーネの母キルヒホフ侯爵が妻、クレメンティーネ・ザシャ・アポロニア・ファーレンホルスト・イェーリスと申します。以後見知りおき下さいませね」

 まぁ堅苦しい挨拶はこれでお終い。
 当然私の名にファーレンホルストが入っている事で既にご存じだとは思いますが、このファーベルク王国を統べる現国王の妹なのです。

 実家のファーレンホルスト家は男系で、何故か女児が誕生するのはほぼ百年に一度あるかないかの確率ですの。
 男児にしか継承させないどこぞの王族にしてみれば、大層羨ましい出生率でもありますわね。
 なので王家に連なる女児が誕生した際は国を挙げてのお祭り状態……とここまではあくまで一般的なもの。

 しかし内情を知るファーレンホルストの人間にしてみればある意味苦悩を強いられているとも言えますわ。

 先ず王族の血を受け継ぐ女児の特徴と致しまして、直系ならば赤毛交じりの金色の髪ストロベリーブロンドと黄金に輝く瞳を、私の様に降下した先で誕生した者でも髪色だけは王家の色を受け継ぐものと伝えられております。
 私は王族として生を受けましたので赤毛交じりの金色ストロベリーブロンドの髪と金の瞳を、娘のエルネスティーネは史実通り髪の色のみを受け継いで生まれましたわ。

 身体的特徴は特に気にしてはおりません。
 血縁なのですもの。
 受け継がれても可笑しくはないのです。
 ですが出来得る事ならば受け継いで欲しくないものはありますの。
 それこそが――――。


 

 
 呪いと申しましても死を齎す……いえ、ある意味それに近いものなのかもしれませんわね。

 一応身体的には健康に成長しますのよ。
 私もですが特に娘は野猿と周囲よりそう称される程とても元気ですわ。
 ただ母親としてその件に関しましては少々手を焼いている事は否めません。

 ですがその事よりも何よりもある一定の年齢になると私達は突如意識を失うのです。
 何の前触れもなく突然です。
 そうして数日間意識を失い、次に目覚めた時にはのです。

 失う記憶の期間は実に様々。
 数時間の時もあれば一日や数日単位。
 でも次第に失う期間は何かのきっかけで突然長期へと渡る事になる可能性もあるのです。

 私の場合一度の記憶の喪失は最長半年でしたわ。
 頻度も娘に比べれば少なかったと思います。
 なので記憶の混乱も然程大きくはなかったのを覚えています。


 しかし娘の、エルネスティーネは私の、いえ今までの記録に照らしてみましたが何故かかなり異なっています。
 先ず第一に私の次に誕生する女児は予定ではどれ程早くても九十五年後の筈がです。
 それが僅か三十四年後だったは私のみでなく周囲を激しく動揺させましたわ。
 
 でも何よりも愛らしく私の腕の中の娘が本当に愛おしくて、この先何があろうとも絶対に護ってみせると、それは私だけでなく夫は勿論の事兄夫婦に可愛い甥っ子達、お母様やイェーリス家の両親。
 それからまだ何も事情を知らないだろう筈の、当時7歳だったアルフォンスまでもが賛同してくれたのです。

 つい昨日まで甘えっこな息子が、突然お兄様になった事にとても感動致しましたわ。

 皆で愛する娘を護りサポートしようと心に決めた丁度一年後、その時が始まったのです。

 私の場合は5歳からだったと、母王太后より教えられました。
 歴代の記録を読み解いても最初の発症は大体5~7歳頃。
 それまでに対策を講じればいいと甘く捉えていた私達を嘲笑うかの様に、突然1歳のお誕生日にエルは意識を失ったのです。


 最初は三日間意識を失いました。
 そして記憶は……不明ですわね。

 何故ならそこは普通に1歳児の記憶。

 余り問題にはならないのかと思えばやはりそうでもなかった様です。
 因みに母親の私とアルフォンスは毎日一緒にいたので問題は然してありません。

 問題があったのは父親のユリアンでしたわ。

 当時は宰相になったばかりで日々職務へ忙殺しておりましたでしょう。
 屋敷へ帰ってくる日も二、三日に一度が関の山。
 人見知りの時期も重なり、夫に抱っこされた瞬間娘はギャン泣きでした……わね。

 ギャン泣きする娘を宥め、隣で酷く落ち込む夫を宥めるのが何とも大変でしたわ。

 その後は一年前後に一度ずつ意識を失えば、数日の記憶を失っていく事を繰り返しました。

 娘が7歳を迎えた頃より意識を失うのが顕著となり、また記憶を失う期間も徐々に長くなりましたわ。
 現在無事9歳を迎えはしましたが、果たして本当に娘が覚えている記憶はどのくらいあるのでしょうか。

 私達の目の届く範囲、当然王家もですが侯爵家でも常に娘へ影を数名つけております。
 娘の身を護るのも勿論ですが中々に行動的な娘ですので、これより先私の知らない行動も徐々に増えて行く事でしょう。
 記憶を失った際に精神が混乱しないよう家族を始め親族は勿論、今では娘の友人にもお願いをし記憶のサポートをして貰っていますの。

 少しでも記憶のない事に不安を抱えない様にしてやりたい。
 娘への親心……なのでしょうね。

 また娘は人に良くも悪くも愛されておりますわ。
 叶う事ならば成人までにどうか娘の番となる相手が見つかって欲しいと思います。

 えぇこの呪いじみた病を治癒……と言うか、無効化させる条件はたった一つ。


 成人を迎えるまでに運命の相手を見つけ出す。


 こればかりは簡単な様で実に難しい問題ですわ。
 私にユリアンが相手だった様に、エルにも運命の相手が現れる事を切実に願うばかりです。
 
 あらあらお話が少し長くなりましたわね。
 まだ色々とお話したい事は御座いますが今宵はこれまでと致しましょうか。
 アルフォンスも語りたい事があると思いますので、また機会があればお会い致しましょう。

 
 最後に最近気づいた事なのですが、娘の記憶喪失に関して特定の人物だけを忘れてしまうのです。
 何度も会い、会話をを重ねるも何故かその人物の存在を忘れてしまう。
 私の時にはなかった症状です。
 これが何か解決へのヒントになればいいのですけれど……。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜

みおな
恋愛
 大好きだった人。 一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。  なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。  もう誰も信じられない。

【完結】この悲しみも。……きっといつかは消える

Mimi
恋愛
「愛している」と言ってくれた夫スチュワートが亡くなった。  ふたりの愛の結晶だと、周囲からも待ち望まれていた妊娠4ヶ月目の子供も失った。  夫と子供を喪い、実家に戻る予定だったミルドレッドに告げられたのは、夫の異母弟との婚姻。  夫の異母弟レナードには平民の恋人サリーも居て、ふたりは結婚する予定だった。   愛し合うふたりを不幸にしてまで、両家の縁は繋がなければならないの?  国の事業に絡んだ政略結婚だから?  早々に切り替えが出来ないミルドレッドに王都から幼い女児を連れた女性ローラが訪ねてくる。 『王都でスチュワート様のお世話になっていたんです』 『この子はあのひとの娘です』  自分と結婚する前に、夫には子供が居た……    王家主導の事業に絡んだ婚姻だったけれど、夫とは政略以上の関係を結べていたはずだった。  個人の幸せよりも家の繁栄が優先される貴族同士の婚姻で、ミルドレッドが選択した結末は……     *****  ヒロイン的には恋愛パートは亡くなった夫との回想が主で、新たな恋愛要素は少なめです。 ⚠️ ヒロインの周囲に同性愛者がいます。   具体的なシーンはありませんが、人物設定しています。   自衛をお願いいたします。  8万字を越えてしまい、長編に変更致しました。  他サイトでも公開中です

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

処理中です...