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第二部  第二章  泡沫の夢と隠された真実

6  孤独なサヴァーノ

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「我の想いの丈を注ぎ、この穢れた地へ誕生させし我の半身。我の唯一にして我の思うままに従うべき愛しき女神ローザ・アウレリアーナよ」


 部屋と呼ぶには語弊のあるだだっ広い空間の中心に二、三人は入れるだろう大きな、そう光の加減で七色へと色を変えていく透明な珠。


 たとえるならばそれは巨大なシャボン玉。

 
 ただし一般的なシャボン玉ではなく幾重にも結界の張られた頑強なもの。

 その中に彼女はいた。


 まるで母の胎内にいるかの様に両手で膝を抱え深い眠りに就いている。


 ただヴィヴィアンとしての姿ではなく、確かに彼女と同一人物であるのだがその姿はふっくらとした体型とは違い、ほっそりとまあ出る所はしっかりと強調された美しい肢体を持つもの。

 髪の色も漆黒よりも尚黒く唯一ヴィヴィアンと同じだろう煌めく紫水晶の瞳は今は確認出来ない。

 雪よりも尚白い白磁の滑らかな肌はかつての様な血色の良い薔薇色は認められず、ただ昏々と静かに眠り続けている。
 

 いや、ただ眠っているのではない。


 恐らく強制的に意識を封印されているのだろう。

 だからローザは微動だにする事も無く、呼吸も必要最低限の浅くゆっくりと、目を凝らして見つめていなければ呼吸をしている事さえ解らない程度のもの。


 本当にこの珠が棺桶ならば間違いなく彼女は死人だと思われていただろう。


 それ程までだった。

 ほんの少しの生気すらも感じる事無くローザ・アウレリアーナは今この瞬間を安らかに眠らされていたのである。

 最高神サヴィーノによって……。


 安らかに、死人の様に眠るローザをサヴァーノは愛おしげな瞳で見つめている。

 誰よりも愛情に飢えていたサヴァーノ。

 誰よりも母である創始の女神の愛を乞うたサヴァーノ。

 優秀過ぎる兄神と違い全てが、神の力量そのものまでも兄ガイオよりも劣っている事を他の誰でもなくサヴァーノ自身が一番理解をしていた。

 また長き年月をかけてサヴァーノは報われない愛を断ち切る事も出来ないまま、自身を無償で愛してくれる者をずっと探し求めてもいた。
 

 確かに大神である彼へ愛を囁きそうして何度も、いや何十何百……それこそ数え切れない程にサヴァーノは男女、血の濃さ等一切関係なく気の向くままにそれらと身体を重ねてきた。

 そうする事でほんの一瞬でも満たされぬ想いが忘れられるのだと思い込もうとして……。


 だがそんなサヴァーノへ近づくまたは彼の気をほんの刹那でも惹く者にしてみれば皆往々にして大神としてのサヴァーノの姿、そして懇意になる事で彼を利用若しくはバルディーニでの栄華を欲しいままにしたいと、どれも下劣で愚劣な慾に塗れ穢れた想いを抱く者ばかり。

 まあその中でも純粋にサヴァーノの愛を請うた者も存在しなかった訳でもない。

 サヴァーノ自身も純粋な想いには彼自身も素直に惹かれてはいたのだ。

 その短い逢瀬において彼の心は比較的凪いでいたと思う。

 だがそれもほんの一瞬だけ。

 大神であるサヴァーノは常に神々だけでなく人間や動物等全ての者より注目を集めていた。

 また衆目の中にいるサヴァーノの数少ないお気に入りは何時も突然いなくなってしまう。



 最初の頃はサヴァーノも必死にお気に入りの行方を捜したものである。

 バルディーニの楽園の中を必死に探して探し回った末の彼の前にあったのは、儚く散ってしまった一輪の美しい花。

 それは力のない、特に人間の娘がサヴァーノのお気に入りとなればわかっていた結果なのかもしれない。

 常に彼の力と権力を羨み、その寵愛を得んと画策する慾に塗れた者達によって力のない者は瞬く間に淘汰されてしまう。


 初めは素直に悲しみもした。
 心が裂けそうなくらいに辛くもあった。

 だが時の流れとは真実恐ろしいもの。

 無垢な心にほんの少しの穢れを抱いていたサヴァーノの心は何時しか取り返しのつかない程に穢れ、今ではお気に入りが一人二人と消えたところでその心は悲しみに囚われる事はない。

 そしてバルディーニの者達は当に忘れていたのかもしれない。

 本当に優れたる者はサヴァーノではなく兄神ガイオだと言う事を。

 また神として全く穢れる事のないガイオは、慾に塗れたバルディーニの住人にしてみれば余りにも神々し過ぎて眩しかったのかもしれない。


 そう真実の意味で神であるガイオだからこそバルディーニの住人達は容易に近づけなかった。


 それにガイオ自身北にある大陸で気の合う者達と静かに暮らしており、彼よりバルディーニへ近づくとすれば恐らく彼自身の決めただろう百年に一度くらいなもの。

 それ故必然的、いやもう既に穢れきったサヴァーノに最早神格らしさが損なわれていたのかもしれない。

 でもそんなサヴァーノ自身の心が何時の頃よりか悲鳴を上げていたのだ。

 自らの心の弱さ故に穢れたとはいえ、この世界全ての穢れを払うにはサヴァーノだけではもう不可能だった。

 本来ならば兄神ガイオと力を合わせこの世界に蔓延はびこる穢れを一掃すればよかったのかもしれない。


 しかしサヴァーノはそれを善しとしなかった。


 自ら招いた穢れにより楽園は既に楽園ではなくなったと言う事実。

 また同じ兄弟神であるのにも拘らず自身とガイオとの力の差も然る事ながら、自身の身の内へ侵食され過ぎた穢れを未だ創造時の神然としているガイオにだけは見られたくはなかったのである。


 そうこれはサヴァーノのなけなしの意地。

 何の益ももたらさないだろうちっぽけな意地により彼は目の前で眠るローザを生み出したのである。


「ああ全ては始まりへと戻す為!! そして今度こそ我だけを見つめ、愛する為だけの存在を生み出した筈なのにだ。何故、何故なのだローザ!! そなたは我の為だけの存在なのにどうしてガイオへ惹かれたのだ!!」


 この世へ誕生せし愛と祝福の女神ローザ・アウレリアーナ。

 彼女が唯一この世で愛したのはサヴァーノではなく兄神のガイオだったのである。
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