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第二部 第一章 囚われのヴィヴィアン
20 共に……
しおりを挟む「――――待たせたな」
「いいえ奥方様は如何なさいましたでしょう」
「ああ今は落ち着いてはいる。だがそれも一時凌ぎに過ぎない。向こうからの干渉が日々強くなってきているのだ。このままではもう……」
どさりと大きな音を立ててリーヴァイは嘆息と同時に自身の椅子へ腰を下ろす。
「我らとて悔しゅう御座います。あの御方の、そして貴方様のお苦しみをただ見ているしか出来ないのですから……。元はと言えば全ての原因を作ってしまったのは私に御座います。抑々私があ奴らの口車に乗って――――」
ダレンは沈痛な面持ちで静かに頭を垂れる。
「いや、お前ばかりの所為ではない。あれはどうしようもなかったのだ。それに今お前達がこうしてここにいてくれるからこそ、ここまで無事に持ち堪えられたのだよ。今の俺の力は余りにも非力故に以前の様な力はもうない」
「いいえ、御力はただ封印されているだけでその封印さえ解かれれば――――」
ダン!!
「それ以上申すな!! これ以上の言は認めぬ!! 俺はっ、俺自身の為に愛おしい者の存在を利用する事は絶対にない!!」
リーヴァイは執務机を感情の赴くままに強く打ち付ける。
「……申し訳御座いません、配慮が足りませんでした」
「いや、俺も感情的になっていた。済まないダレン」
「いいえ旦那様がお悪い訳ではないのです。全てはこの私の浅慮からのもの」
ダレンは申し訳ないとばかりに平伏しようとするのをリーヴァイが制止した。
「確かに俺は以前の俺ではないがまだだ。それでも俺はまだ最期まで絶対に諦めはしない」
「旦那……様!!」
「お前も、ウィルクス夫人や他の者とてそうであろう」
「ええ、はい然様に御座います。この先譬え険しい茨の道であろうとも私共臣下は貴方様方の突き進まれよう道を今度こそです。そして最期の瞬間までお供しとう御座います」
「ダレン……」
ほろ……りとリーヴァイの緋色の瞳より涙が一滴流れ落ちる。
「過去は元には戻せはしませぬ。戻れませぬからこそ今がありそして未来があるのです。過去の亡霊共には理解が難しゅう御座いましょうが旦那様、我らはあの時貴方様のご命令にて忸怩たる思いのまま必死に歯を食いしばりそうして今日まで生きてまいりました。なので此度こそはどの様な形であれ最期までお供させて頂きますよ。でなければ明日よりの仕事は十倍に増えるとお思い下さいませ」
泣きこそはしてはいないがダレンもまた秀麗な顔を歪ませつつそれでも精一杯茶目っ気を装えば、そこへ幾つかの真実を絡ませていく。
「それは……困る。我が妻との時間を短縮させる訳にはいくまい」
「ならば……」
「ああ致し方がない。沈みかけた泥船が更に沈む等洒落にもならぬと思うのだが……な」
「死なば諸共――――的な気分でしょうか」
「俺は一応最期まで足掻くがな」
「では我らも思う存分足掻きましょうぞ」
そうしてお互いどちらともなく暫くの間、そう嵐の前の男同士の語らいと笑いであった。
「旦那様、ベラ様がお戻りに――――ひぃぎ⁉」
ここは帝都内にあるブラドル男爵家所有のタウンハウス。
男爵の執務室へお茶を運んできたメイドよりベラが夕刻過ぎても戻らないと知らせに来たのが運の尽きだった。
「彼女はもう戻らん……ええ、戻りはしませんよ。何故ならそう……もうこの世にはいらっしゃらないのですからね――――ってああ、あなたもですか名も知らぬブラドル男爵家へ仕えるメイドさん」
扉に背をつけたままずるずると既に首のない胴体のみとなったであろうメイドだった女は、今も血飛沫を上げて力なく座り込んでいく。
そして彼女が手にしていただろう茶器等のトレイは何故か未だゆっくりと弧を描く様に宙を漂っている。
「ふふ、この茶器はブラドル男爵として気に入ってはいたのですけれど……ね。それももう終わりです。直ぐにでも彼らはここを突き止めるでしょう」
今見つかれば厄介だと言う様にブラドル男爵は、いやブラドル男爵であろう男は見る間にその姿を変貌していく。
ぎょろりとした濁った瞳と大きな黒子のついた鷲鼻は、澄んだ緑色の瞳と鼻筋の通った小振りのものへ。
癖が強く脂ぎったこてこての髪に毛穴の目立つ粘り気のある皮膚は、サラサラでほんの少し感じの良い癖毛のある明るい茶色の髪と若々しくも瑞々しい張りのある肌へと。
何本か抜け落ち、虫歯と黄ばんだ歯は瞬く間に虫歯の一本もなく真っ白な歯をしている。
そして何よりもである。
驚く事に背が低く円背気味のメタボで小さな身体はすっきりと、リーヴァイまでとは言わないがそこそこの長身痩躯の若者へとその姿を一瞬で遂げたのである。
「はあこれですっきりしましたね。ではそろそろ屋敷へと戻りましょうか」
当初の目的は果たせませんでしたがまあそれも時間の問題とばかりに彼は颯爽とタウンハウスを後にしたと言うよりもである。
その場より転移したかの様に一瞬で消え失せてしまった。
またそれと同時に美しいタウンハウスは一瞬で、然ももう用なしだと言わんばかりに元の廃墟へと戻っていった。
まるでマジック、若しくは魔法を見ている様なものであったらしい。
そうして最後に男爵の執務室辺りよりカシャン――――と食器の割れる音が聞こえたのは、男爵がお気に入りとしていたあの茶器であった。
ふふ、もう全ては要らないものだからね。
まるで彼がそう言った様に茶器は静かにその役目を終えたのである。
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