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第一部  第三章  それぞれの闇と求める希望の光

2  少年は初めて逢ったその瞬間に恋を知る Ⅱ リーヴァイSide

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「絶対に顔を上げてはダメよ。お母様がいいと言うまで、お願いだから今だけはお母様の言う事を聞くのよ。私の命よりも愛しいリーヴィ」


 何も知らない。

 いや、何も知らなかった。

 そして今この瞬間まで何も知ろうともせずに、ただただ与えられるもの全てを甘受されていた愚かで無知蒙昧な自分自身がこんなにも許せないのだと、俺は激しく後悔していた。

 図らずも皇族の一員として生を受けた以上、幼いながらも俺の行動の全てにおいて様々なしがらみや義務と責任が否が応にも生涯ついて回るのは朧気ながらも理解はしていた。


 いや違う!!


 それはあくまでも机上の空論程度の理解でしかなかったのだ。


 いずれ……そうまだ遠い先の未来だろうと勝手に思い込みっ、皇族としてその全てを受け入れるからこそ俺は許されたほんの少しの間の子供で要られる時間をっ、自由な時間を心より満喫したいとささやかなの、か?
 

 いや、傲慢で高慢で、傲然で……自身の置かれた状況を正確に理解出来ないただの馬鹿な子供だったのだ。


 そうして母上の言葉通り俺はその場でうずくまると同時に、目と耳を塞ぎつつ心の中で事の重大さを後悔すると共に猛省していた。

 己の馬鹿さ加減に辟易していた俺はふと、そう何気なく目を閉じる前に空高く母上自身が描き出しただろうこれまでに一度も目にした事のない美しい紋様の極大魔法陣が心の中をよぎっていく。


 美しいと思う反面その紋様を現す色を見て抱いたのは恐ろしいまでの恐怖。


 そう、美しく描かれた紋様はどくどくと噴き出したばかりの鮮血の様に鮮烈な赤い色をしていたのだ。



 確かに赤い魔方陣そのものはこれまでに何度も見た事はあったし、勿論俺自身でも簡単なモノならば既に行使する事も出来ていたのだ。


 だが母上の描いたそれは今まで俺の知る魔方陣とは完全に異なっていたのだ!!


 抑々そもそも魔法陣の色と言うモノは描く者の魔力とその身に有する属性の魔導力によって大きく異なる。

 魔導力の属性は普通ならば一つが精々で、多くても二つまでだ。

 偶に運よく四属性を有する者が現れたり、それこそ聖女を生業とする者ならば最低でも聖と光属性を含む三属性は必ず求められる。
 
 そして魔法陣の色と言うモノはその属性で大体決まるのだが、だが中でも闇を有する者の内ごく少数の上位にいる者だけは自身の命を糧に極大魔法陣を描く事、またそれを行使する事が出来るのだと以前参考書で書かれていたのを何故かこの瞬間突如として思い出してしまった。


 そう自身の命を賭して描かれた魔法陣の色は赤い血、命の色だったと……。

 
「リーヴァイ大事ないか!!」

「ち、父上……?」


 時間にしてほんの数分の出来事であったと思う。

 だがたったそれだけで全ては終わっていた。


 父によって身体を引き起こされた俺の傍近くにはうつ伏せで倒れている母上の姿。

 そして俺の背後には五人の黒装束を身に纏った刺客達。
 

 既に事切れているだろう刺客達はこの際どうでも良かった。

 俺は恥も外聞も何も関係なく涙を飛ばしながら倒れている母の許へと飛びついたのだ。


「は、母上っ、母上っ、しっかりして下さい母上!! 母うぅ゛……⁉」

「リーヴィ……よか、った事。あな、たが無事で母は、安心……しました、よ」
「アリシア!!」

 母上は最初に俺の無事を確かめ、そしてゆっくりと父上の顔を名残惜しげに見つめていた。

「い、今直ぐ医師をっ、誰か聖女を!!」

「もう無理、なのわかって……何時なのかは最期までわからなかった……けれども、私は殿下に巡り合えて、愛するリーヴィを授かって、とても幸せ……だか、ら、彼女に後を……」

 愚かな子供の俺でも十分過ぎる程に理解が出来た。

 そう、母上の命の灯が消えようとしている事を……。


「アリーお願いだっ、私を置いて逝かないでくれ!! 私にはアリーがまだまだ――――⁉」


 赤い瞳をした父上の頬を母上はそっと力の入らないだろう手で添え……。


「愛しています。何時、までも……そしてこれ、からも……だから彼女を、ヴィーをお願、いね……」


 ゆっくりと父の頬へ添えられていた母上の手が離れていく。

 そうしてそれが母上の最期の言葉だった。




 母上は大公妃であると共に聖女だった。

 然も帝国一、いや大陸でも一、二を争うくらい力のある偉大な聖女だったのだ。

 水以外の属性を有し、特に癒しの力は常に一番だと言われていた。
 

 元は侯爵家の令嬢で幼い頃には婚約者もいたらしいのだがその者の浮気による婚約破棄により、以前から母上へ恋情を抱いていた父上の猛烈な、それはもう聖女として赴く先に必ず同行をする立派なストーカー大公と揶揄されるくらいに当時の父上は母上に執着していたらしい。


 まあそれは結婚後も、そして俺と言う子供が傍にいても変わらなかったのだが……。

 
 だが母上にしてみれば婚約破棄をした令嬢とレッテルを張られた故に結婚と言う乙女の夢をすっぱりと捨て、一聖女として生涯独身を貫かんとしていた所へのストーカー大公の出現に当時はかなりイライラしていたと、幼い俺に笑って話してくれていた。


 逢えば口論、然も母上が一方的に慇懃無礼過ぎる態度で以って父上を叩き伏せていたらしい。


 だが結局はそれでも何か二人の間にあったのだろうな。

 やがて想いが通じ何とか無事に婚儀を挙げ、その五年後に俺が生まれたのだ。


 優しく何時も大らかに笑っていた母は、女性らしい……深窓の令嬢と言うよりは勇ましい戦士の様な女性だった。

 呼ばれれば何処へでも無条件に飛んでいく母を、何時も父は心配そうに護衛と称して付き纏っていた。

 俺にとって当り前だった幸せは、俺の浅慮で愚かな行動により取り返しのつかない事態を引き起こしてしまった。

 なのに父上やバート、ダレンやウィルクス夫人の誰も俺を責めたりはしなかった。


 だが逆に何も責められない事の方がより一層俺は自分自身を何処までも追い詰めていったのだ!!

 
 愚かで無知な子供が一体どれだけの事をしでかした?


 俺の愚かな行動で母上を死へと追いやり、偉大な聖女を冥府へ送り出しただけでなく、母を待っているだろう多くの病んでいる者達の希望までも俺はことごとく打ち砕いてしまったのだと――――。
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