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第一部  第一章  突然の訪問者

16  陰湿

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「ちょっとっ、あんたって本当に役に立たないレディーズ・メイドなのね!!」
「モウシワケゴザイマセン」

 シンディーの気持ちの籠らない口先だけの謝罪を受け、特に気分を害する訳もなくサブリーナは目覚めると共に思いのつく限り次から次へとシンディーを含め数人の侍女達へ山の様な指示を出していく。


 まるで自分こそがこの公爵家の女主人でもあるかの様に……。
 

「ふん、まあいいわ。兎に角早急に私のドレスを最低でも十着は用意して貰ってよ。勿論宝飾品もよ。あ、でもあのワイン樽夫人のお古は嫌よ。だって……ねぇ、考えなくてもわかるでしょ。女としての寿命を終えただろうおばさんの趣味と若くて美しいこの私が身につけるものとでは、デザインはおろか何から何まで色々と好みが全く違うのに決まっているでしょ」

 そう言ってサブリーナはにこやかに微笑みながら、ここにはいないヴィヴィアンを更に貶める様に両手で大仰な仕草で以って樽の形を作ってみせる。

「き、貴様よくもっ、奥方様に対し何と言う無礼極まりのない!!」
「「シンディーさん!!」」

 暴言を吐き続けるサブリーナへ今にも掴みかからんとする勢いのシンディーを、ハウスメイドのジェーンとメアリーの二人は必死になって抑え込む。

「あ~ら何か気に障った事でも言ったかしらぁ。でも今はそのとやらであなたは私の専属な筈よ」
「うぅっっ……」
「ふふん、専属なら専属らしく従順な態度で主人へ仕えなければいけないわよねぇ。そうでしょうシンシア・マーゴット・エイムズ」

「――――っっ⁉」
「ふふ、やっぱりあなたも覚えていたのね。ええ勿論私もちゃんと覚えていてよ」
「貴様!!」
「十年前に受けた屈辱は簡単には忘れられないって事かしらぁ。この私に対しあなたが行った数々の許されざる罪を今回はあの時の何倍にもして償わさせてあげてよ。あ、でもリーヴァイ様の事は別よ。彼はこの私の最愛の御方なのですもの。ふふふ、もう直ぐ愛しのリーヴァイ様がこの屋敷へお戻りになられれば、あのワイン樽夫人と即離縁よね。そうして……ああそうね、婚姻証明書はその日に書いてもやっぱり……美男美女の盛大且つ壮麗なる結婚式を行わないって訳にはいかないでしょうし、そうなるとお腹が大きくなるまでにウェディングドレスを――――って今から仕立てるのもアリよね。でもその前に……ワイン樽夫人とあなたの後始末をきちんとしなければ……ね」
「き、貴様その様な妄言の言ってよい事と悪い事の区別くらいわから――――」
「これが現実なのよ」

 ぎりっと歯軋りをしながらシンディーは地を這う様な低い声でサブリーナを恫喝し掛ければ、サブリーナは得意満面の笑みと共にぐいっとシンディーの言葉へ被せる様に彼女の顔の前に自身の腹をこれでもかと突き出してみせる。

「今更この子の父親の名を言わなくてもわかるわよね。そして私はこの子の母親……つまりはこのプライステッド公爵家の正当なる妻となるべき存在よ」

 怒りで全身をわなわなと震わせるシンディーへ、サブリーナは愉しげにそして更に容赦なく追い込んでいく。

「ふん、嫁して五年もの間子供の一人さえも産めない年増の石女うまずめ何て用なしなのよ。これからは愛するリーヴァイ様の為だけに沢山子供を、そうこの私が生んで差し上げるわ。だからきっとこの子もリーヴァイ様は気に入って下さるのよ。ああそしてその石女とあなたの処遇はね、リーヴァイ様がお戻りになられる間のあなたの態度で決めさせてもらうわ」
「な、何だと!!」

 この馬鹿女は一体何を……と、シンディーは訝しげにサブリーナを睨みつける。

 しかし現在進行形で自身の世界へどっぷりと浸かり切っているサブリーナは一向に何も気に留める様子はない。

「くすくす、今の態度だとワイン樽女は間違いなく場末の汚らわしい娼館行き――――かしら?」
「こ、殺す!! 今直ぐぶった切ってやる!!」

「「だ、駄目ですってシンディーさんっっ。い、今は……悔しいのはわかりますけれども今だけはどうか気を静めてください!!」」


 ジェーンとメアリーはシンディーへ抱き着く格好で何とか抑え込んではいるものの、彼女達とてシンディー同様言葉に言い表せられないくらいに悔しくまた腹立たしいのである。
 
 自分達の敬愛する女主人をここまで貶められていると言うのに、目の前の女の腹にいるらしい公爵の子供と言う曖昧で未確認な存在を前にし、彼女達を含め今公爵家では誰もサブリーナに対し何も出来ないのが現状だった。
 

 本来であればサブリーナを決して邸内へ入れず、そのまま誰にも気づかれずに闇へと葬る事も可能だった筈。


 だがサブリーナの存在を屋敷内にいる全ての者にとって一番知られたくなかったヴィヴィアンに知られてしまい、あろう事か人を疑う事の知らない彼女は賓客待遇としてサブリーナを邸内へ招き入れてしまったのである。

 そうして一度邸内へと入ればサブリーナは図々しさと自身の欲望を一切隠そうとしないどころか、こうして公然と公爵夫人であるヴィヴィアンを貶めている。


 誰もがその態度に許せないし許そうとも思わないけれども、今サブリーナへ直接手が下せないのもまた事実。


 全ては公爵であるリーヴァイが戻ってくるまで耐えるしかない。

 そして誰もがリーヴァイの言葉によりサブリーナの虚言であると、そう断言して欲しいと願っている。
 

 だがもし……万が、億が一にもサブリーナと真実その様な関係にあったのであれば……。

 
 何としてもっ、たとえたった一人になろうとも絶対にヴィヴィアン様を命懸けてお護りする!!
 
 
 敬愛する姫へ永遠の忠誠を誓う騎士の如くシンディーは、ヴィヴィアンを護る為だけに心を封印しサブリーナへ上っ面だけだが従う意思を見せた。

 
 その後ダレンよりもたらされた知らせによれば、当主リーヴァイは五日後に戻って来るとの事であった。
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