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第一部  第一章  突然の訪問者

11  祝福と悍ましい過去

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「デハッ、コレニテ失礼致シマス!!」

 慇懃無礼上等とばかりにシンディーは形ばかりの礼を済ませばそそくさと、一刻も早くその場より立ち去りたいとばかりにサブリーナへ与えられた部屋を辞していった。


 子爵家の令嬢として幼い頃より武芸だけではなく礼儀や淑女としての所作も厳しく教えられたシンディー。

 しかし今回だけはその貴族は元より、プライステッド公爵夫人の専従侍女レディーズ・メイドとしての仮面は脆くも剥がれ落ちてしまう。

 元来人付き合いが余り得意とは言えないシンディーにしてみればヴィヴィアンと言う存在は、色々な意味を含めて救いの女神そのものだったのである。
 

 跳梁跋扈ちょうりょうばっこする社交界において常に水面で如何に美しい白鳥である為の水面下で行われているお互いの足の引っ張り合いと言う駆け引きが好ましいと思えないシンディーは、デビュー以降少しも社交界へ馴染む事も出来ずに何時も壁の華と化していた。

 まあシンディー的には放置してくれる方が気分的には楽だった故に然して問題にも思わなかったのだが、年頃の娘を持つ彼女の母がそれを善しとしなかったのである。

 17歳にもなったにも拘らず未だに決まった婚約者のいない娘へ、口を開けば婚約結婚相手を探す様にいや、シンディーが結婚をしたがらないのを見越してこれまでに何度釣書や母親の好む相手本人を目の前へ連れて来られただろう。

 だがその度にシンディーは清々しいくらいに見事ぶった切っていたのは言うまでもない。


 自ら進んで行きたくもないし関わり合いたくもない社交界と呼ばれし世界で繰り返される様々な催し。

 そこに当時はまだ侯爵令嬢だったヴィヴィアンは、顔を合わせる度に何くれと優しくまた根気強く彼女へ接してくれていた。

 そして常は警戒心の強い野良猫令嬢のシンディーは、この親子程も違う年齢差のヴィヴィアンにだけは自然と穏やかな気持ちになれたのだ。
 

 回を重ねる毎にシンディーはヴィヴィアンに対し思慕を募らせ、恋愛感情ではないけれどもヴィヴィアンの周りの懐かしくも優しい空気の中で何時までも浸っていたいと思っていた。


 また当時よりそんなヴィヴィアンが主催するミルワード侯爵家のお茶会は、他家とは違い何から何まである意味特別でもあった。

 そう焼き菓子から軽食に至るまで全てヴィヴィアン自らが作っていただけでなく、テーブルを飾る花々や事細かな、恐らく誰一人として気づかないであろうと言う細部へ至るまで、彼女は常に細心の注意を払っていたらしい。

 こうしてミルワード侯爵邸へ招かれた者達は皆、ヴィヴィアンの用意したお菓子や軽食、それからウィットに富んではいるけれども相手を思いやる心を決して忘れない彼女との会話に皆時が流れるのも忘れ、そうしてお茶会が終える頃にはその日招待された者全て何某かの祝福を受けていた。

 それは愛する者より向けられる優しい愛の言葉もあれば、長年苦しんでいただろう古傷が快方へ向かう者もいる。

 また明日をもしれないと言う遠方に住んでいるだろう祖父より突然病が快癒したと言う知らせを受ける等、受けられる祝福は人それぞれである。
 

 


 何時からなのかはわからない。
 
 ただ気づけば皆、平民貴族関係なくヴィヴィアンをそう呼ぶと同時に称えていたのだ。

 だがヴィヴィアン自身にしてみればその祝福に関しては全くの無自覚且つ無意識でしかないもの。


 俗に言う聖女の様に神より与えられし力を自由に、思うままに行使出来るのでもない。

 何がどうなっているのか等ヴィヴィアン自身は皆目見当のつかないもの。

 しかし現実に気づけばヴィヴィアンは触れ合う者へ無償の祝福を与えていたのである。


 こうして何年もその奇跡に近い祝福を与えている間に一つのお約束事に気づいていく。


 そう、無自覚無意識に他人へ祝福を与える事は出来ても、当の本人であるヴィヴィアン自身は決して祝福を受ける側にはなれないのである。
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