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第一部 第一章 突然の訪問者
3 突然の訪問者は夫の愛人?
しおりを挟む「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」
緩やかなウェーブがかったキラキラと輝く白金の髪と澄んだ水色の瞳を持つ見るからに庇護欲の唆るだろう華奢で可憐な若い令嬢が、今プレイステッド公爵夫人であるヴィヴィアンの目の前にこれでもかとツンと胸を張れば自信満々で促されたソファーへどっかりと座っている。
恐らく彼女はまだ十代後半、然も成人前後くらいの年齢なのだろう。
また公爵夫人のヴィヴィアンに対し如何にも挑戦的な視線を向けてくるその様は、少女と女の狭間に醸し出される無邪気にして大胆。
稚さにそこはかとない危険な色香を放っていた。
だが一貴族令嬢として、そこは普通に淑女としてそれはあってはならない態度である。
これは成人するしないに限らず目上の、然も恐らく身分的にはヴィヴィアンの方が上位である事は明白。
何故ならヴィヴィアンの夫であるプライステッド公爵は、このエアルドレッド帝国皇帝の甥にあたる存在。
つまり公爵の父親は現大公殿下であり、ヴィヴィアンは言わば未来の大公妃なのである。
ヴィヴィアンにしてみれば上位となる貴族は最早皇族しか存在しないと言ってもいいだろう。
そして目の前の令嬢は明らかに皇族ではない。
またヴィヴィアン自身は侯爵家出身でもあり、彼女の知る限り同格の貴族には目の前の令嬢と思われし娘は存在しない。
ならば――――侯爵家以下の令嬢。
だがそれでもである。
成人前後の危うい年頃の令嬢が供の一人もつけずに外出、然も自身より上位の貴族宅へ先触れも出さすまた了承もされないのに特攻宜しくと言った具合の訪問等、普通に考えても絶対にあり得ないしまた受け入れては貰えないだろう。
それに今は大雨による川の氾濫で帝都内では色々と問題が起こっている状態の最中である。
そんな状況下でよくぞこの令嬢は一人で外出したものだと、ある意味ヴィヴィアンは感心してしまった。
若さとその無鉄砲さに……。
しかしそれでも目の前の令嬢はヴィヴィアンの夫の子を身籠っていると豪語している以上、正妻として何も対処しない訳にはいかない。
平時ならば直ぐにでも夫へ報告しなければいけない案件なのであろう。
何しろ令嬢の言葉が真実だとすれば彼女の胎の中にはプレイステッド公爵の後継が、今もすくすくと育ちつつあるのだ。
まあヴィヴィアン自身令嬢の存在を全く知らなかったと言う訳でもない。
だからこそヴィヴィアンは今日の日を覚悟していたと断言してもいい。
でも今は己の感傷に浸る事なく、現公爵夫人として成すべき事を成さねばいけないと彼女は奮起する。
何故ならヴィヴィアンの夫は今こうしている間にも帝国内で起こっただろう災害で帰宅する事も出来ず、日々秒単位で忙殺されているのだ。
だからして当主不在時は妻である彼女が公爵家を守らなければいけない。
それにしてもである。
まさかこの時期によりにもよって……。
「兎に角……旦那様は暫くお仕事でお戻りにはなられないでしょう」
「そんな――――ってな感じで言っておけば小娘一人くらい叩き出せるとでも思っているの!! お生憎様っ、私はそこら辺の大人しい令嬢とは訳が違うんですからね。何と言っても私のお胎の中には澄ました顔をしているあんたと違ってあの人との大事な子供がいるんですからね!!」
ふんっと鼻を鳴らして勢いよく立ち上がれば、ソファーに腰掛けているヴィヴィアンを見下ろす……いや、もう完全に蔑み、勝ち誇った様な強い口調で言い放った。
その様子にヴィヴィアンの背後にいるであろうシンディーは今直ぐにでも目の前の令嬢を絞め殺さんとする衝動に駆られる気持ちを抑える事無く殺意をこれでもかと放ち、何時もはそんなシンディーを窘める側のダレンですら極僅かではあるがダンディーな容貌を顰めれば、こちらもシンディーに負けず劣らず殺意を令嬢ヘと向けて放っていた。
一方ダレン同様プライステッド公爵家の双翼と称えられし家政婦長のウィルクス夫人はと言えば、取り敢えず現時点では殺気を放っては――――いない。
しかし現状に満足はしていないと、背後より醸し出される圧でヴィヴィアンはそっと感じ取っていた。
そしてこの混沌と化した室内に逃げ遅れた被害者が一人存在していた。
応接間の隅っこで現在進行形で必死に自身の存在を出来るだけ空気へ化そうとしているジョナスは、はっきり言ってもう失神寸前であるのは仕方ないだろう。
まあある意味ジョナスにとってこれは立派な執事となる道への一種の試練なのかもしれない。
頑張れジョナス!!
ヴィヴィアンはにっこりと、まるで他人事の様に可愛い子へ密かに心の中で応援をしていた。
そう自身に降りかかっているだろう問題をまるっと棚上げにして……。
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