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第九章  永遠の別れ

8  稜ちゃんと私達 Ⅱ

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たかちゃん、今日は何の日か知ってる?」
「ううん」
「今日はね、稜ちゃんのお誕生日だよ。だから一昨日からスポンジケーキを焼いて、一晩寝かしてから昨日デコレーションしたんだよ。あんまりデコレーションは得意じゃないけれどね、でも見た目よりも食べ物は味重視だよねー」

 そう話をし冷蔵庫で一晩寝かせておいた苺のショートケーキをホールごと母の目の前へと差し出した。

「美味しそうやね」

 ケーキを見て破顔一笑となる母を見てほっとする。

「喜んで貰って良かったぁ。後でカットしてから食べようね。でもやよに取られないようにしないとね。あの子ってば本当にケーキが大好きやもんね」
「ほんまやなぁ、やよに取られへんようにせんとなぁ」


 まあそう言いつつ稜ちゃんがベッドで何かを食べていれば必ずと言っていい、弥生は自身の身体のバネを有効活用し大きくジャンプをすれば何故か何時も母のお腹の上へ綺麗に着地をしてみせる。

 私達は3.5㎏の衝撃を受けただろう稜ちゃんを気遣えば、弥生はすりっと猫の様に擦り寄りながらそしてめっちゃ可愛い顔と仕草でケーキが食べたいと強請る。

 そうして結局私達は彼女に絆されれば呆気なく陥落し、何だかんだと言ってあげてしまうのである。

 勿論彼女の分も家族だからちゃんと準備はしてある。


 だがしかし……そこは普通に幼い子供らしく自分のものは自分のもの。

 それを踏まえてから人のものをも食べる事により尚一層美味しさは増し幸せ気分に浸れるらしい。



 最初の頃は稜ちゃんもご飯は全介助を要したけれども普通に食べれてくれていた。
 摂取量もそこそこ一人分は摂れていたと思う。

 だがそれも時間の経過と共に摂取量は徐々に少なくなり、食事と併用して高カロリーの飲み物を導入するのは思いの外早かった。

 色々工夫を重ねはするけれどもその努力の甲斐なく体重は見る間に減っていった。

 
 そんな中で過ごす穏やかな日々。

 介護はそれなりに大変だったけれどもだ。

 何と言っても久しぶりの看護だ。

 でも特に問題もなくそれなりにこなせていた。

 完全に母が寝たきりになってからは問題行動は認められず、にこにこと笑顔の可愛い小さな女の子へと還っていく。

 それが気丈な母の本来の姿なのだと納得をすれば、もう二度と私達の知っている母親へは戻る事がないのだと一抹の悲しみを抱いてしまう。


 そして何故深い悲しみではなくなのか。


 答えは簡単である。
 それは稜ちゃんが生きているからだ。
 私達弥生を入れて五人家族が今この時間を一緒にいるからこそまだ一抹の悲しみなのである。
 

 また私達はその時その瞬間の季節のイベントを今まで以上大切に過ごす事にした。

 何故なら来年の今はもう五人ではないのかもしれないから……。

 幾らO病院の先生達が大丈夫と言ったとしてもだ。

 家族だからこそ分かるもの。


 稜ちゃんはそう長くは生きてはいない。


 だから悔いが残らない為にも精一杯季節のイベントを皆で楽しもうと、楽しい筈のイベントなのに何故かそれが一つ一つ終わると心にチクリとした痛みを覚える。

 ほっと安堵をしていい筈なのに、まだまだ稜ちゃんは元気なのだと、でも確実にそれは目に見える様に母は静かに弱っていった。
 

 それでも何とか一年が過ぎ一年半と時間はゆっくりとでも確実に流れていく。

 去年の大晦日、弟が母の好きな蟹を沢山買ってくれた。

 日頃細かな介護が出来ないからなのかもしれない。

 アレルギーがあるから母はお蕎麦ではなく晦日うどんを用意した。

 蟹の身を沢山解し餡掛けうどんにすれば稜ちゃんはめっちゃ喜んでいつも以上に沢山食べてくれた。

 だから今年も蟹を買うから……と弟の声掛けに稜ちゃんは『嬉しい』と喜んでいた。



 そうして12月へ入りもう直ぐクリスマスと言う時だった。

 12月17日弥生は15歳と9ヶ月で弥生は突然天国にいる春菜と雪乃の許へと旅立ってしまった。

 家族の全員が悲しみに打ちひしがれてしまった。

 当然稜ちゃんも……。


 私達家族を照らす光が一瞬でなくなってしまった様な感じがした。
 いや、これ一瞬ではない。
 何故なら……。


 寝たきりになってからは私の事を実の母と思い弟を義理の兄だと思っている稜ちゃん。

 最近では弥生の事をわかっている時もあればわからない日もある。

 なのにどうしてなのだろう。
 弥生が亡くなった事だけはしっかりと理解すれば深い悲しみに包まれてしまった。

 忘れるのが認知症ならば悲しい事も一緒に忘れさせてくれたらよかったのに……。
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