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第九章 永遠の別れ
4 嵐のクリスマスイブ
しおりを挟む「……舌が少し痺れるの」
あれは13時過ぎだったと思う。
妹より母がそう訴えていると伝えられたのは……。
私は料理の手を止めれば直ぐに二階の母の部屋へと行き、血圧を測りながら他に自覚症状がないかを確認するけれども特に問題となる症状は認められなかった。
でも母は一年前に小さいとは言え脳梗塞を発症させている。
おまけにもう年末。
今日は祝日だけれども躊躇せずに早く受診する方がいいと判断した私は即O病院へ連絡をしタクシーへ乗って母と二人で向かった。
「……SAHなのか。いやでも……」
ん?
SAHってくも膜下出血って……いやいやこれはうちの母じゃあないでしょ。
きっと母の検査中に他の患者さんの件で何処かから連絡でも、それか検査技師と別件での会話っておいおい外まで会話が駄々洩れやん。
診察の後車椅子のまま母はMRI室へ入って行った。
少ししてからDrらしき男性が捜査室の中へと入って行けば、また少ししてから漏れ聞こえた会話がこれである。
良くて一過性の脳の虚血発作。
悪くても脳梗塞の再発……でも症状は舌の痺れだけだから脳梗塞だとしてもきっと小規模のものだと私は何となく予測をつけていた。
だからSAHと言う医療用語を聞いても他の患者さんだと思い込んでいたのに……。
「……検査結果なんですが出血を伴う脳炎をお母さんは発症されて……」
「は? 出血を伴う……って⁉」
「ええ、ここがね……」
デスクトップの画面上に映し出されたのは右後頭部の広範囲へ及ぶ出血の様子だった。
そしてそう告げられたのにも拘らず私は直ぐにはこの状況を受け入れられなかった。
だって何時も母と一緒に過ごしていたのは私だ。
なのに認知症の症状に気を取られ何も観察出来ていなかったと言うか……。
「で、でもSAHだったら頭痛と嘔気に、でも特に症状なんて……」
そうくも膜下出血だとすれば分かり易いくらいの激しい頭痛症状……いや頭痛のずの字もなかったのである。
でもくも膜下出血を発症している事、それに伴う炎症を起こし脳が腫れている事は紛れもない現実。
「お母さんにはこれから暫くの間入院して頂きますね」
「……はい、宜しくお願いします」
そう述べるしかなかったけれども……。
「……いや? んーまあ今日発症と言うか……6月に撮影した画像にもそれらしき兆候はありましたね」
「え? それって……」
「ほらここですよ。ここにごく薄らと。でも気付き難いと言えば……」
じゃ、じゃあ6月の時にちゃんとしっかり診て貰えていれば今とは違うもっと違った状況だったとでも……?
あの時は何もないと、少し小馬鹿にした感じでDrに言われたと妹は怒って話をしていた。
それがこの結果なの?
そう思い至れば徐々に目頭が怒りで熱を持ち始めてくる。
こんな事って!!
広範囲の出血を伴う炎症をっ、あの日あの時ちゃんと診断されていたら極僅かな可能性かもしれない。
だけど今日の出来事を回避する事も出来たのはないのだろうか。
もしかすると最近の認知症の症状も――――。
ぐるぐると頭の中でここ数年余り使っていなかった脳を忙しなく動かせば私は色々と考え巡らせていた。
だが取り敢えずは先ず一旦帰宅し直ぐに入院準備を持ってこなければいけない。
それから母と一緒に迎えに来た看護師と共に病室へと案内されれば、何とも不安な面持ちの母へ直ぐに戻ってくるから……と声を掛け自宅へと戻る事にした。
帰宅し弟妹へ事情を説明すれば私同様に憤慨している。
そして弥生は姿の見えない母を探す。
彼女にもちゃんと説明はするが説明した途端怒っていたと言う事を踏まえ、一応理解はしてくれたけれども納得はしなかったと言う意味で理解をする。
この年我が家よりクリスマスは消えてしまった。
そしてクリスマスイブは一生忘れられない後悔の日となったのである。
ママ、もっと早くに気づく事が出来なくてごめんなさい。
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