【完結】希望 ~差し伸べられたのは貴方の魂の光でした

Hinaki

文字の大きさ
上 下
121 / 130
第九章  永遠の別れ

4  嵐のクリスマスイブ

しおりを挟む


「……舌が少し痺れるの」

 あれは13時過ぎだったと思う。
 妹より母がそう訴えていると伝えられたのは……。


 私は料理の手を止めれば直ぐに二階の母の部屋へと行き、血圧を測りながら他に自覚症状がないかを確認するけれども特に問題となる症状は認められなかった。

 でも母は一年前に小さいとは言え脳梗塞を発症させている。

 おまけにもう年末。

 今日は祝日だけれども躊躇せずに早く受診する方がいいと判断した私は即O病院へ連絡をしタクシーへ乗って母と二人で向かった。



「……SAHザーなのか。いやでも……」


 ん?
 SAHってくも膜下出血って……いやいやこれはうちの母じゃあないでしょ。
 きっと母の検査中に他の患者さんの件で何処かから連絡でも、それか検査技師と別件での会話っておいおい外まで会話が駄々洩れやん。


 診察の後車椅子のまま母はMRI室へ入って行った。

 少ししてからDrらしき男性が捜査室の中へと入って行けば、また少ししてから漏れ聞こえた会話がこれである。


 良くて一過性の脳の虚血発作。

 悪くても脳梗塞の再発……でも症状は舌の痺れだけだから脳梗塞だとしてもきっと小規模のものだと私は何となく予測をつけていた。

 だからSAHと言う医療用語を聞いても他の患者さんだと思い込んでいたのに……。


「……検査結果なんですが出血を伴う脳炎をお母さんは発症されて……」

「は? 出血を伴う……って⁉」
「ええ、ここがね……」


 デスクトップの画面上に映し出されたのは右後頭部の広範囲へ及ぶ出血の様子だった。

 そしてそう告げられたのにも拘らず私は直ぐにはこの状況を受け入れられなかった。

 だって何時も母と一緒に過ごしていたのは私だ。

 なのに認知症の症状に気を取られ何も観察出来ていなかったと言うか……。

「で、でもSAHだったら頭痛と嘔気に、でも特に症状なんて……」

 そうくも膜下出血だとすれば分かり易いくらいの激しい頭痛症状……いや頭痛のずの字もなかったのである。

 でもくも膜下出血を発症している事、それに伴う炎症を起こし脳が腫れている事は紛れもない現実。
 

「お母さんにはこれから暫くの間入院して頂きますね」

「……はい、宜しくお願いします」

 そう述べるしかなかったけれども……。


「……いや? んーまあ今日発症と言うか……6

「え? それって……」
「ほらここですよ。ここにごく薄らと。でも気付き難いと言えば……」

 じゃ、じゃあ6月の時にちゃんとしっかり診て貰えていれば今とは違うもっと違った状況だったとでも……?

 あの時は何もないと、少し小馬鹿にした感じでDrに言われたと妹は怒って話をしていた。

 それがこの結果なの?

 そう思い至れば徐々に目頭が怒りで熱を持ち始めてくる。


 こんな事って!!


 広範囲の出血を伴う炎症をっ、あの日あの時ちゃんと診断されていたら極僅かな可能性かもしれない。

 だけど今日の出来事を回避する事も出来たのはないのだろうか。

 もしかすると最近の認知症の症状も――――。


 ぐるぐると頭の中でここ数年余り使っていなかった脳を忙しなく動かせば私は色々と考え巡らせていた。

 だが取り敢えずは先ず一旦帰宅し直ぐに入院準備を持ってこなければいけない。

 それから母と一緒に迎えに来た看護師と共に病室へと案内されれば、何とも不安な面持ちの母へ直ぐに戻ってくるから……と声を掛け自宅へと戻る事にした。



 帰宅し弟妹へ事情を説明すれば私同様に憤慨している。

 そして弥生は姿の見えない母を探す。

 彼女にもちゃんと説明はするが説明した途端怒っていたと言う事を踏まえ、一応理解はしてくれたけれども納得はしなかったと言う意味で理解をする。
 

 この年我が家よりクリスマスは消えてしまった。

 そしてクリスマスイブは一生忘れられない後悔の日となったのである。

 ママ、もっと早くに気づく事が出来なくてごめんなさい。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...