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第九章 永遠の別れ
3 嵐の前
しおりを挟む長谷川式スケールの検査結果は13~14/30点中だった。
それは思ったよりも悪い状態だと思うと同時にそこまで悪かったのかと酷く納得をしてしまった。
検査中も終始母は何かと不安だったらしく、何度も背後にいる私へ振り向けば頼りなさげに助けを乞う様な視線を向けてくる。
「大丈夫だからわかる範囲で答えて」
流石に認知症の判断の一つとなる検査にまでは助けてあげる事は出来ない。
診察の結果藤寺先生からの話を交えてからの幾つかの質問を経て母はアルツハイマー型認知症と診断され症状の緩和と睡眠薬を処方された。
診察が終わればクリニックの帰りにスーパーへ寄って二人で色々話をしながら買い物をする。
認知症の母を連れての買い物はポンコツ心臓を抱える私にしてみれば色々とその負担は大きい。
でも外からの刺激となるものを受けなければそれはそれでまた認知症の進行を促してもしまう。
これはポンコツ心臓を抱えた私に数少ない出来る事の一つ。
ひと月に一度の外出、でもそれも長くは続かなかったのである。
病名を診断され薬が開始されたからと言って何も直ぐに症状が緩和される事は決してない。
いやいや事態はより一層高速で進んでいく。
暴言暴力の頻度が上がれば妄想や幻聴も日々拡大していった。
そうすれば当然……主に日中二人きりの私の、特に腕の生傷は絶えない。
お姫に至っては大好きな母親の変貌ぶりにかなりのストレスを感じているらしく、寝ている間も何か夢を見つつ魘されている姿が何とも可哀想でもありまた可愛くもあった。
お姫は数年前に母親と従姉を順を追って亡くせば現在彼女の家族は最早私達だけである。
その私達の中でも取り分け母は彼女にとって一番大切な存在。
その母にまさか拒まれる日がくるなんて――――。
お姫にしてみればかなりのショックを受けるのも理解は出来た。
お姫の生みの母と従姉は共にたった15年で私達家族の許より永遠に旅立ってしまった。
そんな彼女も現在14歳。
私達家族の中では何時までも小さな可愛い愛すべきお姫様なのだが、その肉体は悲しいかな高齢のものとなっていた。
私達は彼女の可愛い尻尾が二つや三つに分かれてもずっと何時までも長く生きていてね……と心で願いつつ彼女の抱くストレスによって寿命が縮まらないかと不安でもある。
そうして母の介護とお姫の、弥生の心の緩和ケアが私達三人姉弟の目下の目標となったのは言うまでもない。
秋が深まる頃になると母の排泄はトイレで見守りが常に必要となっていく。
今まで自立出来ていた行動は一部介助が必要となり、私は母と話し合った結果紙パンツの使用を始める事となる。
だが紙パンツはその目的上としてとてもごわっとした感覚で如何にも……と言う素材で作られている。
またベビー用品に比べて介護用品はまだまだその改良点は多い。
初期の失禁状態でごわごわな紙パンツを使用しなければいけないと言う事は、返ってそれを使用するだろう者の精神をゴリゴリと削りはしないだろうか。
そんな時に発売された紙パンツがロー〇イズの薄型パンツである。
勿論即買いだった。
しかし思っていたよりもごわっとした感じで普通の紙パンツ。
だがこれでも改良されたのだと思い使用を始めたのである。
もっと気軽に履けるお洒落感が欲しいなぁと思うのは贅沢なのだろうか。
そう思いつつも当事者である母は嫌がる事なくそこはめっちゃ普通に受け入れてくれてある意味助かった。
でもそう思う反面以前の母ならば絶対に履かなかっただろう紙パンツ。
何故なら母の心はエベレストよりも高過ぎる誇りだった故に以前の彼女ならば決して受け入れはしなかっただろう。
そう思うと何やら物悲しくもありそして複雑な思いを抱かずにはいられなかった。
そんな中季節はあっと言う間に移り変わり寒い冬へと突き進んでいく。
そうして迎えた12月24日。
世間一般ではクリスマスイブ。
当然我が家も普通にクリスマスイブである。
ケーキの下準備も整えば、今夜のディナーの準備を粛々と行っていた。
この日は振り替え休日でもあり母の相手は妹がしてくれている。
だから私は自分の身体と心の状態に合わせて今夜の用意をすればいいだけの筈だった。
そう13時頃までは……。
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