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第八章 それはある日突然に
13 襲い掛かる病魔
しおりを挟む最初の気付き。
そうあれは現在の時間軸にしてたった二年半前の事だった。
私は二階の自室で何時もの様に小説を執筆していた時である。
色々な意味でパワフルな母があり得ないくらいそう何とも言えない所在なさ気な表情をして部屋へ入ってから言葉を発したのは……。
『あんな、卵焼き作ったんやけど失敗したみたい』
その言葉が俄かには信じられなかった。
何故なら母は所謂何でも上手に出来るお母さんだったのである。
料理もその一つで魚を捌く事から始まり、お肉はローストビーフに牛タンブロックを手に入れればタンシチューも美味しく作る事が出来た。
また気に入った食材が手に入れればその食材が最大限に活かし誰よりも美味しく料理をしてみせたのである。
因みに小学校へ入るまでの私は一切の外食を受け付けない子供だった。
勿論有名某百貨店で作られたものだとしても可愛げもなく『いらない』と言って、母の手料理以外は受け付けない子供だったのである。
そこは普通に毎日食べるおやつやケーキにアイスまでもである。
そして今までに母が料理を失敗した事は――――ない。
料理だけでなく家事やDIYも得意だった。
おまけに手芸もである。
幼い頃の私達姉妹の服は母のお手製だったし、その中でも人形作りは結構本格的に行っていた。
白内障にならなければ今も続けていたのかもしれない。
本当に出来ない事は何もないんじゃないかな~と思うくらいなスーパーウーマンの母である。
そんな自慢の母が何やらショックを受け思いっきり意気消沈した面持ちで語る姿に私は正直に言って何をどう言えばいいのかわからなかった。
それでも何とか取り敢えずお茶でも飲もうかみたいな事を言ったと思う。
そうしてさっきの言葉が何となく気になるもので、トイレへ行くと言って……そこはちゃんとトイレを済ましてからの台所へ行けばである。
何時もの様に卵焼きを盛りつけるだろうお皿はあれども肝心の卵焼きは何処にもない。
少し可笑しいと思いつつでも何やら台所へ入った時より気になっていたのは何とも芳ばしいから若干の焦げ臭さを感じさせる臭い。
その臭いの元をを辿る様にコンロを見れば――――。
玉子焼きパンにかなり焦げているだろう卵焼きが一つ。
然もまだ弱火だけれど火が点いていた⁉
私は余りのあり得なさ過ぎる現実に兎に角直ぐに火を止め、玉子焼きを玉子パンごと机の上にある鍋敷きの上へと置く。
生まれて初めて遭遇した現実。
そして今までに決してあり得なかった出来事。
何故?
どうして?
ただその日からだった。
その日を境に母は料理を全く作らなくなった。
包丁を持つ事もなければ調理をする事もないと言うかその様子さえ見せる事はない。
でも現実には家族四人の食事はいる訳だし他の家事もしなければいけない。
そして母に代わる様にあれ程拒否をしていた筈の包丁を私は何も問題なく持てば自然に料理を作る様になった。
他の家事についてもである。
勿論鬱は治ってはいないし心臓がポンコツなのも変わりはしない。
買い物はネット注文で行った。
この頃の母はまだ真面な部分も残っていた。
だが十中八九認知症を患っているのは間違いないだろう。
それは今までの准看護師としての経験からわかってしまう。
だけど何故今なのかっっ。
まだ母は今年で70歳になる若さだと言うのにである。
余りにもこれは早過ぎる。
私はまだ母に何も返してはいない。
親不孝を重ねてはいてもまだ親孝行を一つもしてはいない。
これから元気になって色んな所へ一緒に出掛けたり美味しいものを食べたりしたかったのにこんなのってない……よ。
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