【完結】希望 ~差し伸べられたのは貴方の魂の光でした

Hinaki

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第八章  それはある日突然に

5  裁判所で Ⅳ

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「だ、誰かっ、あの娘を止めてぇぇぇぇぇ!!」


 私は弾かれた様に部屋より飛び出せば、トントンと軽いステップを踏む様に三階から一階まで続く階段をあっと言う間に駆け下りていく。

「雪ちゃん、雪ちゃん!!」

 母の必死に呼び止める声。

 その母の叫び声と共にどよめく様々な声と人の動いているだろう気配。

 静かな筈の裁判所が俄かに活気づいていく。


 ああ、愉しい。

 こんなにも死へ向かう事が愉しいなんて。

 これまでどんなに相手を殺したいと願っても結局実行に移す事は出来なかった。


 でもその対象相手がならば――――。


 そうだって自分自身が死ぬだけなんだもん。

 誰も傷つけないし傷を負わす事もない。

 抑々そもそも犯罪者にならなくてもいい。

 そして今死ねばきっと今度こそ病院側だって真摯に反省をしてくれる筈。


 


 普通に悪い事をすればちゃんと謝らなきゃいけないもんね。
 幼い頃からずっと私はそう教えられてきたんだもん。
 あの人達も当然そう教えられて育った筈。

 だから大丈夫。

 私自身直接謝罪を聞く事は出来ないけれども、家族が私の代わりに聞いてくれるだろう。


 私は簡易裁判所のガラス扉を押し開ければ外へと出て行き目指すは後ほんの20mくらいの距離だった。

 裁判所前の小さなパーキングを真っ直ぐに突っ切れば目指す国道24号線には車が引っ切り無しに走行している。

 後はあの中へ私が躍り出れば――――っっ⁉


「止まりなさい!!」
「落ち着いてっっ」

 そんな感じの言葉を何度も掛けられつつ私は二、三人の男性によって行く手を阻まれればあっと言う間に身体を拘束されてしまった。

「何で……後もう少しだった……のに」

 そう本当に後もう少しの所だった。

 もう少しで目的を、上手くそして確実に死ねるかと問われればそれは私にもわからない。

 それでも私は何%かの確率に賭けたかった。


 自動車相手側の迷惑なんて一切考える事もせず……。


 理由は兎も角私は自分自身のエゴのみを優先してしまったとんだ愚か者である。

「雪ちゃんっ、あなたなんて事を!!」

「……死ね、へんかった〰〰〰〰」


 昔もう随分と前になるが母は交通事故に遭い左足へ障害を負ってしまった。

 それ以降は何時間も立つ事は出来ずまた走る事も出来ない。

 階段だって何時も私達が見守りながらゆっくりと昇降をしていたのである。

 そんな状態の母を一人残したまま私は己の願望へと一時にせよつき走ってしまった。
 

 当然追い掛ける事の出来ない母は必死に周囲へ助けを求め、それを裁判所の職員の方々や調停員の男性までもが駆けつけてくれていた。


 だけど病院側……そう看護部長と弁護士の姿は何処にもない。


 ああこんな騒ぎになっても彼らはもう自分達とは関係がない、私と一切の関わりを絶とうとしているのだと悟った。

 万が一私が今運良く死ぬ事が出来たとしても彼らは謝罪云々どころか、きっと私が死んだとしても自分達の罪を最後まで認める事はないのだろう。


 それはとても悲しい現実だった。
 そして私はその事に気づかされてしまった。

 最早どんな行動を起こした所で全て彼らにとっては無意味なものでしかない。

 またその事実を知ったからと言って私の何が変わる訳でも……ない。


 私の今回の行動は心の整理もつかないままに加害者と対峙した事により強度のストレスを与えられ、それによる発作的な自殺未遂と見做された。


 そして発作的な行動とは言えである。

 自殺を行いたい程のストレスを与えたのにも拘らずN病院側は私を止める事もなければ心配する素振りも見せず、指定された部屋……つまり私のいただろう隣の部屋で何のアクションも起こさずいたらしい。

 弁護士は兎も角もう一人は命の大切さを十分過ぎる程に理解している筈の看護師、然も看護部長なのにね。

 まあその点で言えば私の行動も問題だらけだ。


 今回の裁判の結果から言えば訴訟は相手側より即日引き下げられる事になった。

 つまりは今までと何も変わらない。

 でも確かに調停員さんのN病院のやり方に対する心象は余り良くはなかったらしい。

 だからあの時私をわざと席より外してまで病院側と調停員さんだけで話し合い、せめてもう少し私へ温情をと取り成してくれたらしい。

 しかし結果は何も変わらない。

 裁判と言う話し合いが閉廷すれば看護部長達は挨拶もなく逃げるように裁判所を後にした。

 一方私達はタクシーを呼ぼうとすればスタッフの人が態々呼んでくれ、また何故か車へ乗り込み扉が閉まる瞬間まで数名のスタッフの人達が忙しいのにも拘らず見送ってくれた。


 きっとまた発作的な行動をとられては困ると思ったのかもしれない。

 とは言え裁判沙汰はそうして終息し、結果何も変わらないまま呆気なく終わったのである。
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