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第六章 壊れ失うもの
21 壊れそして失ったもの
しおりを挟むただそれでも時は確実に過ぎていく。
17時となり退勤をすれば何時もの様にトイレにも寄らず五階にある更衣室で皆が着替えている間私は一人着替える訳でもない。
よろよろと自身のロッカーを何とか開ければである。
白衣のままぼーっとロッカーの中のどの位置と言う訳でもない。
焦点の定まる……定まる必要もなくただ呆然と暫くの間何かを見つめていた。
そうして一体何時までそうして見つめていたのかまではわからない。
ただ気づけば更衣室には私一人しかいなかったのである。
着替えなければ――――。
そう何となく思えば徐に白衣のボタンを外そうとした瞬間、ぽとりと雫が床へと落ちれば視界が瞬く間に霞む様に滲んで何も見えなくなっていく。
こんな事で泣きたくはない!!
泣けば負け。
私の今までの頑張りが、努力が足りないから一番言われたくない人にいらない、あっちへ行けと言われてしまうのだと、でも溢れる涙を我慢しようとすればする程ぽたぽたと私の意思に反して涙は頬を伝いながら幾つも零れ落ちていく。
また何故か更衣室には誰もいないのに私は必死に声を押し殺し、一体私は何が悲しくてそしてどうしてここで泣いているのか正直に言って全くわからなかった。
そうただただ涙が止まらないだけ。
暫くして涙を止めればその隙に着替えを済ませ、病院近くで夫が車の中で待っていてくれている姿を見つけた。
『ありがとう』
『ごめんねお正月やのに……』
何時もだったら感謝の言葉を難なく言える筈なのに、この時の私は喉に大きな石か何かが詰まった様に声を発する事は出来ずにただ――――。
「……真っ直ぐ家には帰りたくない」
そう告げた瞬間夫は何かを察したのかもしれない。
何も言わずに京都市内を目的もないまま車を走らせていく。
当然の様に車の中は会話もなければ音楽もない。
何もない中でのドライブを終え自宅へと帰れば、帰宅を待っていたであろう母達が心配して声を掛けた瞬間だった。
「――――っっ!!」
一体何を、どう叫んだのか何てわからないし記憶にすら残ってはいない。
ただ今覚えているのは幼子の様に地団駄を踏み鳴らしながら大きな声で何かを泣き喚きながら叫べばである。
そのまま二階の寝室へと駆け上がると着替えもせずそのままベッドの中で布団に包まって泣いていた。
ずっと約一年もの間我慢していた感情の全てが大きな濁流となって私の心のダムは呆気なく決壊すれば、見るも無残な状態となり果てたのである。
そうしてこの日を境に私の日常は非日常へと変わってしまった。
先ず眠る事も食事をする事も出来なくなり、泣くか死を望む様に、死んで楽になりたいと、そればかりを思い続けた。
これが一体何を意味しどの様な状態であるのかさえ、あの頃の私には何も判断が出来なかった。
ただただ泣いてそれが誰に対してなのかは今でもはっきりとはわからない。
『ごめんなさい。許して、ごめんなさい。もうしないから……』
念仏の様に滂沱の涙を流しながらただその言葉だけを繰り返し呟いていた。
心が何処までも堕ちていく。
目に見えない大きな重石を付けられ二度と光輝く中へ戻る事が出来ない。
生きて再び光の中へと戻る事すら考えられない闇の中へと私は何処までも堕ちていく。
やがて生きる事も死ぬ事すらも興味をなくしていく毎日。
そうしてこれが八年間……今も私が鬱と向かい合う日々の始まりとなったのである。
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