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第六章 壊れ失うもの
19 二度目はKO Ⅱ
しおりを挟むこの日は遅番ではなく普通の日勤。
そう17時までは今日の遅番である藤沢さんがリーダーだから、退勤をするまでは私が透析中の患者さんを受け持っていたのである。
そして午前と変わらず私は患者さんの経過観察からの情報収集に新年の挨拶を一人一人へと行っていた。
穏やかで静かな時間の流れのままこうして一日が終わっていくものだとこの時まではそう思っていた。
だがそう何でも自分の都合の良い方向へ進まないのが人生である。
お昼を過ぎて今日は比較的時間のゆとりがある木曜日。
リーダーが藤沢さんで10名弱の患者さんを私が受け持っていた。
森川さんは静かに淡々と自分の仕事をこなしていれば――――である。
残る一人は自ら進んで働く事よりも遊ぶ方が好きだと、普段から大っぴらに公言をしている桜井さん。
そう公言をする彼女は探すまでもない。
年末までの宿主だった鷲見山さんを失えば、新たなる彼女の宿主として寄生すべき相手はもうそれまでに探し出していた。
自分と同じ自信過剰で自己愛の激しい鷲見山さんよりもである。
この透析センター内で誰よりも、そう看護部長よりも何か目に見えない権限を持ちまた院長からも一目を置かれている存在。
このセンターのドンである藤沢さんの存在に目を付けない訳がない。
何と言っても藤沢さんを全面的に味方に付ければ桜井さんにしてみればここにいる間の自分の立場は安泰だ。
絶対に逃してはいけない大物。
そう透析を行っている場所が詰所より直ぐの場所だからだろうか。
本来ならば桜井さんはまだ日の浅い森川さんについて一緒に仕事をしなければいけないと思うのは私だけなのだろうか。
また直接彼女を見なくとも普通に聞こえてしまう。
声高に、そして全力で藤沢さんへ擦り寄っています感が満載の桜井さん。
まあ藤沢さん自身色々と問題があるにせよ仕事は決して疎かにはしない。
普通に患者さんと向き合っている筈の私にまでだ。
詰所の方を見る事もないのだけれども何故か聞きたくもないのに桜井さんの声は実によく聞こえてしまう。
余りの声の大きさにふと見上げれば円卓の前へどっかりと座り込む桜井さん。
その手は余り動いてはいないけれども、如何にもリーダー業務を手伝っていますよ~と言う体でべらべらと話し込んでいる。
一方藤沢さんは適当にそれを上手くあしらいながらも通常モードで仕事をしていた。
鷲見山さん同様に簡単にはそう寄生はさせて貰えないらしく、のらりくらりと桜井さんはしたくもない仕事を、出来るだけ簡単に終えられるものをチョイスしながら藤沢さんへ寄生する隙を虎視眈々と狙っている姿は実に滑稽でもある。
はあ、そんな暇があるならば真面目に働け……と思う私はきっと間違ってはいない……筈。
第一リーダー業務を手伝うのも彼女達は何時も藤沢さんが限定だった。
別にそれが羨ましいとは思わない。
何故なら私がリーダーの時に仕事を手伝ってくれるのは、私の処理能力が遅いと藤沢さんが判断し彼女達へ依頼した時のみ。
だがマニュアルと教育のない中でそんな判断と文句は言わないで欲しい。
そうこの透析センターのやり方は恐らく昭和時代からほぼほぼ変わってはいないのだ。
平成時代から昭和へ、然も何十年か前より続く書類の処理やその他諸々達。
あり得ないタイムスリップを強引にさせられてからの仕事を覚えるのにほぼほぼ助ける人達は存在しない。
そんな中で嫌味を言われ、圧力を掛けながら多くの事を求めるのは心外である。
なのに彼女達はそれこそ細かな事には関係ないとばかりにだ。
『藤沢さんより頼まれたからぁ、優秀過ぎる私達がこうして手伝ってあげるんだよぉ』
と馬鹿の一つ覚えの様にこの台詞を何度言われた事だろう。
ねっとりと粘り付く様な厭らしい口調で言われるのは侮辱以外何物でもない。
そして忘れてはいけない、完全なる上から目線での高圧的な物言いを!!
それがである。
藤沢さんを前にすれば気持ち悪いくらい媚びる様な猫撫で声に思わず寒気すら感じてしまう。
そこまでして宿主となるものが欲しいのかと。
しっかりと自分の足で立って、歩く事はないのかと思うけれどもだ。
私自身まだまだ仕事を覚えきれていないのだから人の事を言ってはいられないしいけない。
そうして気が付けばもう直ぐ16時。
あと一時間で仕事は終わる。
家に帰りさえすれば、この胸の中でドロドロに蟠っているだろう嫌な思いもほんのひと時にせよ忘れる事が出来ると思っていたのに……ね。
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