上 下
82 / 130
第六章  壊れ失うもの

15  最初の一撃 Ⅲ

しおりを挟む


 リーダーをするまではそんな面倒な事を考えようともしなかった。

 しかし負のスパイラル状態の透析センターで無理やりとは言えリーダーとして、新たな責任者が来てくれる日までに何とか、そうほんの少ししか役立つ事が出来ないとしてもだ。

 それでも新しいスタッフが赴任する時に私の様な戸惑いや理屈で解決の出来ない様々な葛藤を少しでも減らす事が出来れば――――と思ったのである。

 それなのにだ。

「あ、いいんじゃない。ほら桃園さんが向こうへ行けば藤沢さんは絶対にこっちへ帰って来るって!!」

 無邪気……いやいや無責任にそう同意するのは本日で去る予定の鷲見山さん。

「でしょう。私ってめっちゃ頭がいいと思わへん?」

 桜井さんは悪びれる様子は一切なく、それどころかぐいぐいこれでもかと私にしつこくAチームへ行けと言う。
 一体どんな神経をしているのやら。

「は? 何言ってんの。勤務を決めるのは看護部長で私じゃあないんよ」
「じゃあ看護部長へ直接言ってみようか」

 薄らわらいを湛えながら言うのをやめて欲しい。
 めっちゃ気持ち悪いし気分も悪い。

「――――アホらし……相手になっていられへんわ」

 そう言って半ば無理やりその輪より私は出て行く。
 一応何とか強気では言い返したものの、実際の所内心では思いっきり動揺していたのは言うまでもない。
 

 抑々そもそもこれまで四十三年間生きてきた中でここまでの言葉の暴力と人を人とも思わぬ態度をされた経験はない。

 それだけに放たれた言葉と態度が鋭利な刃となって既に激務の果てにボロボロとなり息も絶え絶え状態の私の心へぐっさりと突き立てられた瞬間、直ぐに言い返す言葉は見つからなかった。


 また桜井さんを助長させる様な物言いをする鷲見山さんも本当に大概である。

 今日までで契約が切れるからと言って勝手過ぎるのもどうかと思う。

 そして最後に森川さん。
 彼女は表立ってどちらにも付く事はない。

 だから桜井さんの物言いに否定や肯定をする訳でもなく、ただ静かに状況を見据えていた。

 まあそれを言えば私だってぶっちゃけ派閥なんてどうでもいいと思っているうちの一人だ。
 

 だが現状今のBチームにおいて藤沢さんと私……これはかなり語弊があり過ぎる。

 正確には藤沢さんと桜井さん、そして藤沢さんへ絶対に逆らえないだろうMEの男の子達に風に揺れる柳の枝の様な森川さん対――――なのである。

 そう現在私の味方はこの透析センターにおいて誰一人いない。

 完全に孤立してしまっている。

 そしてそれは何時から……?

 多分9月にリーダー業務をする事になった瞬間から徐々に、また気が付けばって本当にそれに気づいたのは実の所八年以上経ってからである。
 

 悲しい事に同じ仕事を頑張る仲間だと思っていたのはどうやら私一人だけ。

 ああ、その事実が何とも滑稽過ぎる。
 そして悔しくも腹立たしい。

 最初の一撃はこうして膝ががくがくする程にショッキングな出来事だったのは間違いない。
 でももしまた同じ事を言われてしまったら……?

 その時は今日と同じ様に上手く躱す事が出来るのだろうか。

 いや、相手もいい大人なのである。

 そう何度も人を軽々しく貶める言葉と態度を投げかける程愚かではないだろう。


 この時の私はまだまだ楽観視をしていた。

 それはきっとこれまでの人生においてここまでの悪意と言うものに私自身晒された事がなかったからなのかもしれない。

 だがまさかその二日後に同じ言葉と態度をお見舞いするとは本当に露程にも思わなかったのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...