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第六章 壊れ失うもの
4 知りたくはなかった真実 Ⅱ
しおりを挟む確かに臨床工学技士として心電図検査が上手く測定出来ないのは……かもしれない。
でもその代わりと言うかである。
譬え大きな仕事は出来なくてもだ。
毎日忙しさに感けてつい忘れがちな翌日の採血の準備や細かな仕事にまで私達が配慮出来ないものを、三田村君は何も言わず自ら進んで行ってくれている。
だからして彼は彼なりに胸を張って堂々と仕事をすればいいと私は思う。
心電図の測定が出来ないからと言って虐めたり見下してもいい理由には断じてならない。
それは虐める側の、本当に身勝手な理由にしかならない。
そして要は適材適所。
また心電図が苦手ならばちゃんと三田村君自身理解が出来るまで、きちんと覚えるまで指導するのは上に立つ者の仕事の筈。
それすらも、いや私の知らない過去にしたのかもしれない。
でも今現在彼が苦手としているのであればその教え方に問題はなかったのだろうか。
自分が出来たから相手も同じ様に出来るのは当たり前。
何て時代錯誤な考え方がこの透析センターには根強く残っている。
きっと三田村君のケースもその一つなのだろう。
そうして今回は直接患者さんに係る事はないけれども、それでもインシデントレポートの提出は必要と判断した私は、彼にそれを書いて提出するようにと告げればである。
「……書いた事がない」
まあそうだろうな……何て心の中で思ったのは内緒。
だが一度も書いた事がないからと言って永遠に書かないでもいいと言う理由にはならない。
「うん、今まで書いた事がなくても報告は必要だから書こうか。別にインシデントレポートを書いたからって何も三田村君が処罰を受ける訳じゃあないよ。これはあくまでも報告書。後日三田村君が書いてくれた報告書を基にカンファレンスをして、皆で色々意見を出し合って再発防止の対策を考える。それがインシデントレポートなんだからね」
「……わかりました」
何時もよりもより一層暗い表情で静かに彼は持ち場へと戻っていく。
私はと言えばその後ろ姿に何とも言えない感じで見送っていればである。
「……報告なんて初めて受けたよ」
「はい?」
「あ、ああ事故報告なんてこの透析センターで初めて受けたって」
「でも……」
「あー幾つかか、わしが把握しているのは今までの間にあっただろう内の幾つかだ。だがその何れも正式な報告は受けてはいないから、わしは何も知らない事になっていると言う事は何もなかったと言う訳だ。いや、少し喋り過ぎたな」
そう言って飯岡先生は後ろを向いて黙々と静かに仕事の続きをし始める。
ぽつんと一人残された私は何も言葉を発する事が出来なかった。
じゃ、じゃあ私の知っている今年の春に起こったあのエ〇剤の注入忘れの一件も先生への報告はない?
だけど実際リーダーの真後ろで常に仕事をしている飯岡先生へ話は筒抜けで、でも藤沢さんは何も先生へ報告を行ってはいないどころか指示さえも仰いではいない。
おまけに看護部長にも……。
するとあの時藤沢さんが私へ言った――――。
『ああアレはもういいんや。別に問題はないで』
完全なる藤沢さんの独断だったのである。
今までは疑問に過ぎなかったものがである。
初めて真正面で受けとってしまった重い、重過ぎる真実に私の心は悲鳴を上げる。
こんな、こんな異常な状況は決して普通に許されない事だ。
この現実に絶対、これ以上慣れてはいけない。
普通の、当たり前の感覚を忘れてしまえば私は……。
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