上 下
71 / 130
第六章  壊れ失うもの

4  知りたくはなかった真実 Ⅱ

しおりを挟む


 確かに臨床工学技士として心電図検査が上手く測定出来ないのは……かもしれない。

 でもその代わりと言うかである。
 たとえ大きな仕事は出来なくてもだ。

 毎日忙しさにかまけてつい忘れがちな翌日の採血の準備や細かな仕事にまで私達が配慮出来ないものを、三田村君は何も言わず自ら進んで行ってくれている。

 だからして彼は彼なりに胸を張って堂々と仕事をすればいいと私は思う。
 心電図の測定が出来ないからと言って虐めたり見下してもいい理由には断じてならない。

 それは虐める側の、本当に身勝手な理由にしかならない。

 そして要は適材適所。

 また心電図が苦手ならばちゃんと三田村君自身理解が出来るまで、きちんと覚えるまで指導するのは上に立つ者の仕事の筈。

 それすらも、いや私の知らない過去にしたのかもしれない。

 でも今現在彼が苦手としているのであればその教え方に問題はなかったのだろうか。

 自分が出来たから相手も同じ様に出来るのは当たり前。

 何て時代錯誤な考え方がこの透析センターには根強く残っている。
 きっと三田村君のケースもその一つなのだろう。

 そうして今回は直接患者さんに係る事はないけれども、それでもインシデントレポートの提出は必要と判断した私は、彼にそれを書いて提出するようにと告げればである。

「……書いた事がない」

 まあそうだろうな……何て心の中で思ったのは内緒。
 だが一度も書いた事がないからと言って永遠に書かないでもいいと言う理由にはならない。

「うん、今まで書いた事がなくても報告は必要だから書こうか。別にインシデントレポートこれを書いたからって何も三田村君が処罰を受ける訳じゃあないよ。これはあくまでも。後日三田村君が書いてくれた報告書を基にカンファレンスをして、皆で色々意見を出し合って再発防止の対策を考える。それがインシデントレポートなんだからね」

「……わかりました」

 何時もよりもより一層暗い表情で静かに彼は持ち場へと戻っていく。
 私はと言えばその後ろ姿に何とも言えない感じで見送っていればである。


「……報告なんて初めて受けたよ」

「はい?」
「あ、ああ事故報告なんてこの透析センターで初めて受けたって」
「でも……」
「あー幾つかか、わしが把握しているのは今までの間にあっただろう内の幾つかだ。だがその何れも正式な報告は受けてはいないから、わしは何も知らない事になっていると言う事は何もなかったと言う訳だ。いや、少し喋り過ぎたな」

 そう言って飯岡先生は後ろを向いて黙々と静かに仕事の続きをし始める。
 ぽつんと一人残された私は何も言葉を発する事が出来なかった。
 

 じゃ、じゃあ私の知っている今年の春に起こったあのエ〇剤の注入忘れの一件も先生への報告はない?

 だけど実際リーダーの真後ろで常に仕事をしている飯岡先生へ話は筒抜けで、でも藤沢さんは何も先生へ報告を行ってはいないどころか指示さえも仰いではいない。

 おまけに看護部長にも……。

 するとあの時藤沢さんが私へ言った――――。

『ああアレはもういいんや。で』

 完全なる藤沢さんの独断だったのである。

 今までは疑問に過ぎなかったものがである。
 初めて真正面で受けとってしまった重い、重過ぎる真実に私の心は悲鳴を上げる。
 
 こんな、こんな異常な状況は決して普通に許されない事だ。

 この現実に絶対、これ以上慣れてはいけない。
 普通の、当たり前の感覚を忘れてしまえば私は……。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

処理中です...