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第五章  じわじわと

13  板挟み Ⅲ

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「意見を言えって言ってもさぁ、そんなに直ぐには言えないっしょ」
「それにさぁ別に困っている事もないしぃ」
「やるだけ時間の無駄じゃね」
「「あ、それウケる~、あははは」」


 カンファレンスを始めて数分後の事である。
 件の派遣看護師二人組の発言と言うかだ。

 この完全に人を小馬鹿にした様な物言いとわらい。

 それがどれ程人の神経を逆なでるか何て、彼女達はきっと知る由もない。

 またここに至っても鷲見山さんは自分はと素直に信じ込んでいたりする。


 最初は今後のカンファレンスについてでもあり言い出しっぺの私が司会進行役として自らの意見を述べた。
 勿論ついでと言うか連絡すべき事も伝えてはいる。

 その上での何か意見を求めた結果が――――である。

 流石に、これは私だけではなくカンファレンスへ出席している誰しもが仕事中にこの話し方はないと思っただろう。

 その証拠に周囲の人間の表情は若干……古株の助手さんに至っては引く――――のではなく呆れを思いっきり通り越していたようにも見えた。
 当然私とてリーダー兼司会進行役でなければ話し掛けるのも嫌だった。

 それに本当は以前から彼女達へ言いたい事もあったのである。

 思いやりの欠片もなくズケズケと人の心を抉る様な物言いをする鷲見山さん。

 そしてきっとお水のお仕事をしている女性でもしないだろう、約二時間毎に休憩室へ行けばシュッシュと細目に自身へコロンを振り掛けている桜井さん。

 一体あなた達は誰を相手に仕事をしているのかと私は機会があれば問い掛けたい。

 普通に病気を患っている患者さんへそのきつい物言いときついコロンの臭いは必要なのか――――と。


 そう彼女が振り撒くものは決して良い匂いではない。
 また病院にとって過度な香りは最早と言っても過言ではない。
 その証拠に少し離れた場所からでも彼女のきつい香水の臭いがやにわに漂ってくるのである。

 これがベッドより動く事の出来ない患者さんにしてみればだ。
 特に臭いに敏感な人程辛く、時には拷問に等しいのかもしれない。

 本来ならば他人の意見を鼻で嗤う様な人達に対してそう言い返したかった。
 でも結果私はしなかったのである。

 何故なら個人攻撃をするのは単純にいけないと思っていたし、抑々そもそも彼女達は私の部下でも何でもない。
 
 彼女達は私と同じ場所で働く仲間なのである。

 そして彼女達を注意する権限等の一切は今の私には存在しないと言うか普通に与えられてはいない。
 だから小馬鹿にする様な言動を言われてもだ。
 やんわりと、自身の発する言葉を選んで優しく問い掛けるしか出来ない。
 何の力も一つの武器すらを持たない私の、これが精一杯の対応なのである。

 そんな中で助手さんの一人が流石にそこは敢えて固有名詞は言わない。
 だが彼女の語る言葉に、その相手が誰なのかは直ぐにわかってしまうのだ。

 そう、火・木・土曜日の午後は所謂整理整頓の時間。
 そこに看護師と助手さんの垣根は存在しない。
 お互いが助け合って行わなければ何時まで経ってもそれらが終わる事はない。

 なのにまたしても該当人物でもある派遣の二人は幼い子供の様に文句と情けないくらいの言い訳をし始めるのだ。


「助手さんと違ってぇ看護師はとぉーっても忙しいんだよぉ」
「そうそう具合の悪い患者さんの観察もしなければねー」

 その具合を悪くと言う前にである。
 患者さんに無理な透析を強いたその結果血圧が下がれば直ぐに起き上がれない状態にしているのは他の誰でもないあんた達二人でしょ!!

 おまけに辛く苦悶に満ちた表情をしているのにも拘らず、傍近くで座り込んではぎゃあぎゃあと煩く喋りまくっているのはあんた達だけなんだよ!!

 はっきり言ってアンタ達がいるから阿部さんは、何時まで経っても家へ帰れないのが分かんないの!!


 はあぁぁぁ、そう思いっきり心の底から大声で叫べたらどれだけすっきりした事だろう。
 でも看護部長より求められるままにスタッフを纏め上げようとすれば、それらの文言はごくんと唾と一緒に飲み込まなければいけないのである。
 
 平和的解決をする為にも、最初から喧嘩腰で向かい合えば結果は言わずとも知れたもの。
 何よりお互いに禍根を残してしまってはこれより先、私の望む形のカンファレンスは行われないだから――――。

「助手さんの意見も最もですよね。では出来るだけ……今度からは患者さんに係る事以外のスタッフは、以前から決められた通りに掃除等をしっかり行っていきましょう」

 綺麗に纏めるしかなかった。
 それでも……。

「リーダーやからって私達よりも透析経験が浅い癖に偉そうに言わないでよね~」

「別にそんな心算じゃあ……」
「ほーんと。いい子ぶるなって言うの」


 本当にめっちゃ悔しかったし八年経った今でも悔しい気持ちは残っている。

 何でここまで、然も皆の前で言われなきゃいけないのだろう。

 第一私があの二人へ一体何をしたと言うの。
 私が望んだ事はただ普通に働きたいだけだ。

 その他は何も望んではいない。
 38歳で狭心症を患ってしまったから、普通に病棟での夜勤等が出来なくなってしまったから。
 体力が比較的温存の出来る、今の体力でもちゃんと働けるようにと思って透析へシフトチェンジしたと言うのにだ。

 なのに何でここまで――――!!

 看護部長から抑え込まれ、派遣の二人からどんどんと強く突き上げられる私って本当に言葉通りの板挟み状態だった。

 でもここまではまだ普通の板挟み……である。

 そう更に藤沢さんと言う存在がそこへ圧力プレスを掛けてくるのだから……。
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