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第五章 じわじわと
2 マニュアルが存在しないなんて
しおりを挟む看護マニュアルとは昨今何処の病院にも存在するべきものであり、今の時代その存在がない事の方が珍しいと言うか普通にあり得ないもの。
少なくとも今まで私が働いてきただろう病院の全てに医療安全委員会又は感染委員会なるものはあって、彼らは時折監査と言う名目で病棟へ見回りに来てはごみの分別……主に医療廃棄物について、その分別法や処理方法と場所の確認を彼らの目に留まった周囲で働いているスタッフ達へ問うてくる。
そして看護マニュアルも然り。
就業規則と看護マニュアル等数冊へと渡るものの保管場所や時には記載されている内容についても問うてくるのである。
それ故に監査の日が近づけば申し送りの際に必ず各部署の師長達がスタッフ達へ、何日に監査があるからそれぞれの場所の確認や時間を見つけてはマニュアルを読む様にと何度も言われた記憶が残っている。
またそれ以外にも看護マニュアルは私達看護師にしてみればズバリその名の通りのお手本であり、幾ら色々と経験を積んでいるとは言え膨大な種類の手技を全て完璧に覚えているかと言えばそれはうろ――――である。
何も全てがと言う訳ではない。
ほんの少し、微妙な所がうろの状態と言うのか、大体こういうモノと言う認識のまま仕事をする訳にはいかない。
珍しい手技になればなる程それは顕著なもので、そう言う時に役立つものが看護マニュアルと言う存在なのだ。
現在統一看護を掲げる病院は増えている。
皆が同じレベルの看護を行う為にも看護マニュアルは必要不可欠なもの。
とは言えわからなければ近くにいるだろう他のスタッフへ直接訊けば事足りるのかもしれない。
そう譬えるならば同じ手技一つを取ったとしてもである。
それぞれ個人個人の捉え方や記憶は微妙に異なるもの。
何故なら人間は正確な機械またはコピー機ではない。
大まかな捉え方は間違ってはいないだろう。
しかし細部に渡ればわたる程に微妙な誤差が生じる。
そこへDrの癖や好むやり方と言うものも存在する。
そんな時に役立つものが看護マニュアルなのである。
流石にDrの細かな癖等までは記載していない。
その辺りは以前介助に就いただろうスタッフへ確認するしかない。
だが正確に、そして同じ看護を提供する為にもマニュアルは必要不可欠なものなのである。
それがN病院……他の病棟や外来まではわからない。
でも透析センターにはそれは存在しない。
看護師達の長である看護部長の口より発せられた言葉に私は驚愕が隠しきれなかった。
一体私は何を頼りにこれからの仕事をすればいいのだろうか。
何もかもわからない状態でのリーダー業務。
そう言えば赴任初日の受け持ちも通り一遍の説明だけだった。
あの時も不安で一杯だったと言うのにである。
それらを遥かに上回るリーダー業務が通り一遍の説明だけで一人前の仕事が求められる重責。
あり得ない、本当にあり得ないけれど濃霧に包まれた中で私は必死に模索しながら仕事をするしかなかったのである。
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