28 / 130
第三章 疑問
1 最初の疑問
しおりを挟む土山さんが入職してからほんの少しずつではあるが、私は周りを見る余裕が出来てきたと思う。
それまでの毎日は兎に角与えられた仕事を必死にこなすだけの毎日だった。
経験の浅い透析業務に加えての目に見えない命の重さと訳の分からない重圧に押し潰されないよう、私は私なりに向かい合っていたと思う。
だからそれ以外は全く何も見えていなかったのである。
このセンターが異常なまでに歪なのだと言う現実を……。
最初の疑問は人間関係。
それは何処のどの病院にも明らかに力を握る者と支配……断じてそこまでとは言わない。
ただ目に見えないグループや派閥なるものは何処にでも大小様々に存在はしている。
でもこのN病院の透析センターではそれは如実に露わになっていたのである。
然も完全に歪な状態で――――だ!!
先ず私の所属する主に外来の患者さんが透析を受けているBチームを支配しているのは藤沢 孝子孝子54歳。
表向きは小柄で恰幅のいい肝っ玉母ちゃん体型と性格をしたここで18年間勤めているベテランの准看護師。
まあ何処の病院にも必ず一人はいる頼りになる肝っ玉母ちゃん的な、それはいい意味での表現と場合である。
しかし裏を返せば今の医療の世界では接遇やマナーを重視されていると言うのにも拘らず、職員や患者さん関係なく上から目線で話しかける存在。
でもその分仕事が出来るから誰も、特に上から目線的な医師でさえ気を遣っているのが見て取れた。
また何時もこのセンターを纏めそしてリーダー業務をしていた。
誰かがミスをすれば直ぐに飛んでいき解決していく。
元透析センターの師長であった看護部長や院長さえも一目置く存在。
だから私は普通に彼女は正看護師なのだと思い全く疑う事もなかったのである。
勤務表を見ても普通は正看護師と准看護師の間に少し間を開け区別されていたのだが、ここではそれはなく続け様に一覧として表示されていた。
確かに藤沢さんの上には二人程の名前は記載されてあったのだが、職員間のコミュニケーションがほぼほぼ皆無な状況下の中、患者さんの名前と顔は直ぐに覚えられてもである。
何故かひと月経てども悲しい事に同じ職場で働くスタッフの顔と名前が一致しない。
その結果その疑問に気付く事に時間を要してしまったのである。
また藤沢さんはスタッフの誰かがミスを犯した際に直ぐに駆け付け親切にも解決してくれるだけ……ではなかった。
その裏では気に入らなければ正准看護師問わず、衆目監視の中で弄る等の陰湿な面もあったのである。
ほぼそのターゲットとなっていたのは少し気の弱いけれども優しい男性の正看護師の古川さんと臨床工学技士(ME)の三田村君だった。
そう彼らが出勤した日は必ずと言っていい程皆の前で、それもどの様に些細な事でも弄られる。
だがそれへ異を唱える者は私を含めて誰もいなかった。
朝の申し送りの際でもだ。
本当に見て聞いて気分の良いものではない。
あれはそうはっきり言って苛めだと思う。
しかし入ったばかりの私に一体何がどう言えただろう。
とは言え苛めはするのもされるのも嫌いである。
抑々大人になってまで……いや、大人だからこそそれをするのかもしれない。
まるでただの鬱憤を晴らすかの様な光景。
私は皆の前でそれを止める事が出来なかった。
それはまだまだ私が何も出来ない、何の力もなかったからだ。
きっと入って直ぐに藤沢さんへ面と向かって言えばその瞬間から色々な面で私は村八分にされていただろう。
そう、結局私はそれが怖かった。
入職したばかり、親しい人すらいない新しい環境。
然も少し……どころではない。
何とも重い空気の中で何も持たない私は魔王へ立ち向かう勇者の助手の尻尾にもなれなかったのである。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
ガラスの森
菊池昭仁
現代文学
自由奔放な女、木ノ葉(このは)と死の淵を彷徨う絵描き、伊吹雅彦は那須の別荘で静かに暮らしていた。
死を待ちながら生きることの矛盾と苦悩。愛することの不条理。
明日が不確実な男は女を愛してもいいのだろうか? 愛と死の物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる