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第一章 鬱と診断されて安堵する精神状態
10 拒絶 Ⅱ
しおりを挟むタオルに薬……当然の事ながら刃物もちゃんと私の自殺未遂劇へ登場していた。
だがその全ては悉く失敗の繰り返しである。
きっと本当に私は死にたくはなかったのだろう。
死にたいと言の葉となって声高に叫んではいるものの、裏を返してみれば……。
生きていたい!!
暗闇の地獄の様な迷宮より助け出して!!
それよりも何よりも一番は今までの日常に戻りたい!!
ただそれだけ。
本当に心の底より今までの日常へと戻りたいだけなのだ。
八年経った今でもそれは変わらない。
でも八年前の私は声を枯らすまで奇声を上げれば失敗しても懲りずに何度となく自殺を図りながら言の葉に載せられない想いを込めていたのである。
昼夜を問わず暴れる私の所為で家族全員心身共に疲れ切った中で再びと言うか、瞬く間に一週間経過した頃Sクリニックの受診日がやってきたのである。
そうして何時もの様に夫の運転する車に私と母が同乗し三人で待合室で待っていると――――。
『桃園さん、どうぞ』
院長のアナウンスに母と一緒に診察室の扉を開ければ……。
「ああ、お母さんは待合室でお待ち下さい」
「いえ、母親なので一緒に聞かせて……」
「外でお待ち下さい」
笑顔で、しかし頑として譲らない院長の言葉に母は仕方がないと入室を諦めた。
「あ、あの今日は……」
「薬はちゃんと飲んでいますか?」
「はい。あの……で、今日は……」
「眠れていますか?」
「全然、全く眠れていません。薬を飲んでも一睡も出来ないしっ、食事……」
「ではもう少し薬を増やしましょうそれでは……」
「あ、あのっ、私今日は……」
お願いだからちゃんと話を聞いて欲しい!!
全く眠れない日々。
食事も真面に摂る事も出来ない。
家族と普通に会話はおろか、ちゃんと顔を、目を見て話す事が出来ない。
兎に角視線が怖い。
明るい所も苦手になったし暗闇の方が心地よくなってきている。
おまけに感情の制御が思う様に出来ない。
それに加えて死を願う事に仄暗い喜びを感じている自分と助かりたいと思う相反する自分がいる現実を!!
1月4日の初診の日よりずっと先生に話したいのっっ。
お願いやから聞いて欲しい!!
心に一杯溜まったモノを一体どうすればいいのか教えて欲しいと思えども……。
「では一週間後にまた同じ時間できて下さいね」
先生は私の悲痛な訴えを何も聞いてはくれない。
薬を処方してくれてもだ。
飲んだところでこの二週間ほぼほぼ眠れてはいないお蔭で目の下の隈は酷い状態になっていた。
それだけではない。
狭心症を患っている私が十分な休養を取る事が出来ない。
また膨れ上がり爆発しても尚ストレスを量産している故に私の心臓と言うか心臓の周りにある細い血管は悲鳴を上げ、日に何度も発作を起こし色々な意味でベッドより起き上がれない。
最近では尿量も減り胸に水が溜まっている様な息苦しさと倦怠感。
鬱で真面な思考が働いていなくてもこのままではいけないとなけなしの、これまで二十年培った看護師のスキルが警鐘を鳴らしていた。
だから少しでも話を聞いて欲しい!!
私の想いをっ、どうしようも出来ない想いを聞いて欲しいと思い一縷の望みをかけてここまで来たと言うのにだ。
「また来週ですよ」
この先生は何も話を聞いてはくれない。
私が苦しんでいるのをわかってくれない。
ただそれが無性に悲しくて悔しい。
『……〇〇さんどうぞ』
退室を促す様に次の患者さんの名を告げる。
私は諦め部屋を出ようとしたけれど!!
「――――楽になりたくて何度も自殺未遂をしました!!」
扉が開き次の患者さんが無表情で立っていた。
本当ならば大人しく退室しなければ、家族だけでなく他人さんに迄迷惑をかけ――――何て配慮をする余裕もこの時の私にはなかった。
ただ私の話を聞いて欲しい!!
そう思って放った言葉に先生は……。
「困りましたね。そう言う事をされるのならば私の所で診る事は出来なくなります」
労りや心配する言葉はなく拒絶だった。
診察室を後にした私は幼子の様に母と夫の前で大きな声で泣いてしまった。
受付のスタッフや他の患者さんの存在なんてどうでもよかった。
「自殺図ったらもう診てくれへんて。せ、先生にもうす、捨てられてしもたんや」
帰る道中ずっと私は助手席に座って声をあげて泣いていた。
他人がその様をどう見るかなんて、40代のいい年をした女が声をあげて泣いている姿は中々にシュールだったと思う。
でもあの時の私は院長に拒絶された事が何よりも悲しくて、漸く私の今の状況を診てくれる先生がいたと思ったのに……。
話は全く聞いてくれないけれどもほんの少し救いの光を感じる事が出来たと思った矢先に、更なる奈落の底へと私は医師の手によって突き落とされてしまった。
底の見えない暗闇へ堕とされ、今以上の粘つく負の感情が皮膚呼吸すら出来ない程に私を覆い尽くしていく。
周りが一切見えない。
母や夫が私へ話す言葉が理解出来ないし聞こえない。
多分クリニックの院長へ怒りを感じていたとは思う。
ただ既に私の心は闇落ちし、心の耳をしっかりと閉ざしてしまっていた。
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