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第一章

16  安堵

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「貴女はこの五日間眠っていたのですよ」

 え、五日……間?

「貴女は騎士団の鍛錬場で突然倒れたそうです」

「鍛錬場……で?」

 何故そんな所で倒れてって、どうして鍛錬場へ行ったのかしら。
 
「覚えていませんか?」
「はい」

 本当に何も覚えてはいない。
 一体誰と、そして何故騎士団へ行ったのかさえもわからない。

「ではご両親の事は覚えていますか?」

 お父様とお母様……それは勿論。

「覚えています。忘れようとも忘れはしませんわ。アルお兄様にテア、そして屋敷の者達も皆覚えています」

 両陛下や王子様方の事も覚えている。
 当然親友達も忘れてはいない。

 ただぽっかりと、心に穴が開いた様な何かを私は忘れている?

 とは言え何も思い出せないのだけれどね。
 それに生きていく上で困る事はないと思う。

「倒れた際もしかすると頭を打ったのかもしれませんね」

「そう、ですね。でも大丈夫です大神官長様……って大神官長様は今日どうして我が家へお越しになられたのでしょう」

 そうこの場合頭を打ったのならば大神官長様ではなくお医者様でしょ。
 因みにそのお医者様は部屋の中にはいない。

「医師は別室にいますよ。勿論倒れた際、いえそれ以降も医師はずっと貴女を診察しておりましたよ。私が今日この場にいるのは癒しの聖女としてその力を求められたが故です。ですがその様子ならばもう大丈夫ですね」
「えへへ、そうみたいです」

「ならば今日一日は念の為安静になさいな。それから心配を掛けた者達へ感謝を忘れない様に」

 そう仰れば静かに部屋を後にされた。


 大神官長様は癒しの聖女。
 然もその力はこの大陸でもトップクラス。
 ご高齢にも拘らず勢力が衰える様子どころか尚一層御力は強くなっているらしい。
 
 この世界には聖女、聖なる者は沢山存在する。
 物語の様に一つの世界に聖女が一人何て事はあり得ない。
 何故なら聖女、聖なる者は職業の一つなのだからね。

 そしてその職業の内容も多岐に渡る。
 大神官長様の様に癒しに特化した力を有する者もいれば、攻撃や防御に自然と関りを多く持つ者に錬金術へ秀でた者とまぁ本当に様々だ。

 因みに私は王族の血を受け継ぐ故に封印の聖女と認定されている。
 この力は王家の血を受け継ぐ女児だけに受け継がれると言われるけれど力に関して特別自覚している訳ではない。
 お母様曰く……。

『時がくれば何れ分かるわ』

 何とも曖昧な助言であった。
 

 大神官長様が部屋を後にされてから直ぐにお父様が涙を飛ばしながら私の名を叫びつつ思い切り抱きついてきた。
 余りの馬鹿力で呻き声を漏らしてしまったわ。
 
「本日のおやつはケーキ1/10ですね」

 おいおい咽び泣くお父様の横で
 冷静に私を監視するテア。
 その様子に慄きつつも何時もの日常に安堵の想いを抱いてしまう。

 何故倒れてしまったのか。
 どうして記憶が抜け落ちているのかは気にならないと言えば嘘になる。
 でもこうして何時もの日常があるならば今は深く考えないでおこう。

 きっと必要になれば思い出すのかもしれないもの。

 そうしてお母様がやってこられると私からお父様をべりっと引き剥がせば、お母様の後ろよりついてこられたお医者様の診察を受ける。
 お医者様より明日より普通に過ごしていいと太鼓判を押されるとまたお父様はぐしぐしと泣き始める。
 
 本当にお父様は昔からよく泣くのよね。
 ツンデレなお母様によく泣かされている所為もあるのかもしれない。
 
「エルぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 バタンと大きな音を立てて扉を開けたアルお兄様がやはりお父様と同じく滂沱の涙を流しながら飛び込んできた。

「本当に僕は心配したのだからね。もう絶対に危険な場所へ行ってはいけないよ。お兄様の一生離れないで!!」

 心配かけてごめんなさいお兄様。
 アルお兄様の仰る事は勿論理解出来るけれど、でも一生離れないって所だけは同意し兼ねるわ。
 だって将来お兄様は……結婚するのだもの。
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