20 / 34
第一章
16 安堵
しおりを挟む「貴女はこの五日間眠っていたのですよ」
え、五日……間?
「貴女は騎士団の鍛錬場で突然倒れたそうです」
「鍛錬場……で?」
何故そんな所で倒れてって、どうして鍛錬場へ行ったのかしら。
「覚えていませんか?」
「はい」
本当に何も覚えてはいない。
一体誰と、そして何故騎士団へ行ったのかさえもわからない。
「ではご両親の事は覚えていますか?」
お父様とお母様……それは勿論。
「覚えています。忘れようとも忘れはしませんわ。アルお兄様にテア、そして屋敷の者達も皆覚えています」
両陛下や王子様方の事も覚えている。
当然親友達も忘れてはいない。
ただぽっかりと、心に穴が開いた様な何かを私は忘れている?
とは言え何も思い出せないのだけれどね。
それに生きていく上で困る事はないと思う。
「倒れた際もしかすると頭を打ったのかもしれませんね」
「そう、ですね。でも大丈夫です大神官長様……って大神官長様は今日どうして我が家へお越しになられたのでしょう」
そうこの場合頭を打ったのならば大神官長様ではなくお医者様でしょ。
因みにそのお医者様は部屋の中にはいない。
「医師は別室にいますよ。勿論倒れた際、いえそれ以降も医師はずっと貴女を診察しておりましたよ。私が今日この場にいるのは癒しの聖女としてその力を求められたが故です。ですがその様子ならばもう大丈夫ですね」
「えへへ、そうみたいです」
「ならば今日一日は念の為安静になさいな。それから心配を掛けた者達へ感謝を忘れない様に」
そう仰れば静かに部屋を後にされた。
大神官長様は癒しの聖女。
然もその力はこの大陸でもトップクラス。
ご高齢にも拘らず勢力が衰える様子どころか尚一層御力は強くなっているらしい。
この世界には聖女、聖なる者は沢山存在する。
物語の様に一つの世界に聖女が一人何て事はあり得ない。
何故なら聖女、聖なる者は職業の一つなのだからね。
そしてその職業の内容も多岐に渡る。
大神官長様の様に癒しに特化した力を有する者もいれば、攻撃や防御に自然と関りを多く持つ者に錬金術へ秀でた者とまぁ本当に様々だ。
因みに私は王族の血を受け継ぐ故に封印の聖女と認定されている。
この力は王家の血を受け継ぐ女児だけに受け継がれると言われるけれど力に関して特別自覚している訳ではない。
お母様曰く……。
『時がくれば何れ分かるわ』
何とも曖昧な助言であった。
大神官長様が部屋を後にされてから直ぐにお父様が涙を飛ばしながら私の名を叫びつつ思い切り抱きついてきた。
余りの馬鹿力で呻き声を漏らしてしまったわ。
「本日のおやつはケーキ1/10ですね」
おいおい咽び泣くお父様の横で
冷静に私を監視するテア。
その様子に慄きつつも何時もの日常に安堵の想いを抱いてしまう。
何故倒れてしまったのか。
どうして記憶が抜け落ちているのかは気にならないと言えば嘘になる。
でもこうして何時もの日常があるならば今は深く考えないでおこう。
きっと必要になれば思い出すのかもしれないもの。
そうしてお母様がやってこられると私からお父様をべりっと引き剥がせば、お母様の後ろよりついてこられたお医者様の診察を受ける。
お医者様より明日より普通に過ごしていいと太鼓判を押されるとまたお父様はぐしぐしと泣き始める。
本当にお父様は昔からよく泣くのよね。
ツンデレなお母様によく泣かされている所為もあるのかもしれない。
「エルぅぅぅぅぅぅぅ!!」
バタンと大きな音を立てて扉を開けたアルお兄様がやはりお父様と同じく滂沱の涙を流しながら飛び込んできた。
「本当に僕は心配したのだからね。もう絶対に危険な場所へ行ってはいけないよ。お兄様の一生離れないで!!」
心配かけてごめんなさいお兄様。
アルお兄様の仰る事は勿論理解出来るけれど、でも一生離れないって所だけは同意し兼ねるわ。
だって将来お兄様は……結婚するのだもの。
1
お気に入りに追加
264
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
居場所を奪われ続けた私はどこに行けばいいのでしょうか?
gacchi
恋愛
桃色の髪と赤い目を持って生まれたリゼットは、なぜか母親から嫌われている。
みっともない色だと叱られないように、五歳からは黒いカツラと目の色を隠す眼鏡をして、なるべく会わないようにして過ごしていた。
黒髪黒目は闇属性だと誤解され、そのせいで妹たちにも見下されていたが、母親に怒鳴られるよりはましだと思っていた。
十歳になった頃、三姉妹しかいない伯爵家を継ぐのは長女のリゼットだと父親から言われ、王都で勉強することになる。
家族から必要だと認められたいリゼットは領地を継ぐための仕事を覚え、伯爵令息のダミアンと婚約もしたのだが…。
奪われ続けても負けないリゼットを認めてくれる人が現れた一方で、奪うことしかしてこなかった者にはそれ相当の未来が待っていた。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
【完結】前世の男運が最悪で婚約破棄をしたいのに、現れたのは王子様でした?
刺身
恋愛
⭐️完結!
読んで下さった皆様本当にありがとうございました😭🙏✨✨✨
私には前世の記憶がある。
前世では波乱万丈、苦労も多く、その理由は借金、酒、女とだらしのない元旦那の存在だった。
この異世界転生を優雅に謳歌するため、私の人生を狂わす恐れのある婚約は破棄したい。
なのに、婚約者は絵に描いたようにモテまくる金髪蒼眼の王子様。に加えて、やけに親切なミステリアスな仮面の青年も現れて。
互いに惹かれ合いながらも、底知れない呪いに絡み取られていく主人公たちの結末はーー……。
※エピソード整理ができてなくて、まったり進行で申し訳ないです。
そのうち書き直したいなと思っていたり。。
2章からは比較的事件?が勃発致します🙇♀️💦💦
※お目汚しで大変恐縮ではありますが、表紙やら挿絵、小ネタ的なモノをつけてます……。笑
落書きみたいなもので恐縮です。。苦手な方は薄目で閉じてくださいますと幸いです……。←
※一人称の練習も含んでいます。読みづらい、違和感などあれば教えて頂けますと大変参考になります。よろしくお願い致します。
※よく迷走しているので題名やらが謎にバッサリチョコチョコ変わったりする場合があります……滝汗
ご指摘、ご感想、ご意見など頂けましたら大変喜びます……(*´꒳`*)
どうぞよろしくお願い致します。
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる