84 / 122
第四章 現在
9 縛りと運命の出逢い Sideジェフリー
しおりを挟む「――――ではアーロン様の命令通り引き続きエヴァンジェリン姫の動向をを探りなさい」
「はい承知致しました」
私の命に従うのはしわがれた声でこのスラムの住人らしい薄汚れた服装をした四十代半ばの白髪交じりの男。
ここは王都の中心部より少し外れた寂れた場所。
ルガートでも一番治安の悪い地区。
その貧民街の一角にある小さな小屋の中で私はシャロンの間者と密談をしている。
我が闇の主君であられる今は亡きシャロンの王太子……アーロン殿下の命ずるままに。
我がルートレッジ侯爵家は元々シャロン王家と所縁ある由緒正しい家。
勿論このルガートでもそれなりの地位はある。
だがルガートを建国する際我が一族はシャロン王家より直々に密命を受けたのである。
ルガートの初代王ルティエンス一世を暗殺しルガートをシャロンへ帰属せよ。
残念ながらルティエンス一世を弑逆する事は叶わなかったが、ルガートの内側よりこの国を崩壊へ向かわせる様に我が一族は運命づけられたと言っていい。
表向きはルガート王へ忠誠を誓いながら……だ。
我が一族はシャロン王家の命を守るべくそれなりにこの国へ貢献をしつつ、裏では国王や重臣達の暗殺を粛々と実行していた。
因みに先王陛下も私の指示で大怪我を負わせ、それが元で亡くなったのだが……証拠は何処にも存在はしない。
まして私はこの国の文官。
武官ならいざ知らず、態態自身の手を汚す愚行は行わない。
手を下したければ子飼いの暗殺者達へ一言命じればいい。
また私は別にシャロンにルガート、その何れの国に対し特段執着はない。
ただ宮仕えをする者として表と裏関係なく粛々と与えられた仕事を確実にこなすだけだ。
それが臣下としてあるべき道である、ルートレッジ侯爵家の血を継ぐ者の逃れられない宿命なのだろう。
ただアーロン殿下がもう少し建設的に物事を考えられる御方ならば私もこんなに苦労はしない。
表向き私はルガートの重臣。
それに現王ラファエル陛下は為政者としてはかなり有能だ。
陛下の下で仕えていれば自ずとわかるし正直に言えば仕事も楽しい。
戦に明け暮れ疲弊しきっていたこの国を僅かな時間で立て直す手腕には同性であっても思わず惚れてしまいそうだ。
この家に生まれなければ私は多分あの御方へ心より衷心を込めてお仕えしていただろうが、今更何を思っても詮無き事。
そして私は近い将来ラファエル陛下を弑逆するだろうが、彼の愛するこのルガートまでを潰す事はしない。
陛下を弑逆した後は、未だ御子のおられぬ陛下に変わり唯一の血縁関係にあられるアーロン殿下がルガートとシャロンを統一させ新生シャロン王国の王として即位して頂く。
アーロン陛下の隣にはエヴァンジェリン姫が立后される予定だ。
その為にも姫の動向を最優先事項で探らねばいけない。
最近姫に対し殿下の執着は目に余るモノがあるが、それはこれから追々我ら臣下がお諌め……多分素直に話を聞く御方ではないが、それでも我々は支えていくしかないだろう。
またエヴァンジェリン姫への執着が並外れている故に、姫が御子を無事にお産みになられる時まで彼女を殺してしまわない様に保護をしなければいけない。
アーロン様の愛情は愛と狂気が綯い交ぜとなっている。
姫を求める余り愛情よりも狂気が上回り、これまで何度も姫を殺害しようとされていた。
大切な初恋の姫故に抱く狂気に満ちた愛。
それがアーロン様の愛の表現であり、我ら凡人には到底理解し得ないもの。
遅かれ早かれ姫はアーロン殿下の手により儚くなられるだろう。
だが何としてもアーロン様との御子が生まれるまでは、我ら臣下が王妃となられるエヴァンジェリン様のお命を護らねばならない。
だから今回もこんな寂れた、人目につかない場所で間者達に命じている。
屋敷に不穏な輩を近づけさせ、あらぬ疑いを掛けられない為にもだ。
この十年もの間姫がこの国におられる事は掴んでいた。
しかし陛下達はより強力な防御結界を姫の周囲に展開させているのだろう。
姫の気配を感じてはいるのだが未だ我々は姫の御尊顔を拝してはいない。
業を煮やしたアーロン様は二年前の朔の夜、禁呪を犯し街娘達の命を対価に姫の夢へと入られた。
だがそれが精一杯だった。
術の反動で殿下は暫くの間静養を余儀なくされてしまったが、それでも愛しい姫へ久しぶりにお逢いになられ少しは荒れておられたお心も僅かなりではあるが落ち着かれている。
しかし私には到底理解し難い。
狂気を孕む程に女を愛しいと思えない。
あの術にしても一歩間違えばアーロン様ご自身のお命にも拘るところだったのだ。
女の為に命を懸ける。
その様な暴挙等私には無理だな。
そうわたしはあの瞬間までそう思っていた。
密談が終わり早々にこの場より立ち去ろうとしていた瞬間だった。
直ぐ近くより聞こえた助けを求める女の声。
常ならば面倒事は避けていた。
それにここは貧民街。
女を凌辱するのは日常茶飯事と言ってもいい。
男に捕まった女には気の毒だがそれも運命というものだ……と、何時もの私ならそのまま気にも留めず帰っていた筈。
しかし何故かあの時あの瞬間。
私は引き寄せられる様に女の声のする方へと気づけば馬を向けていた。
そして私は、私達は出逢ってしまった。
私の命を懸けても護りたいと思える女性に……。
0
お気に入りに追加
244
あなたにおすすめの小説
ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした
月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。
それから程なくして――――
お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。
「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」
にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。
「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」
そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・
頭の中を、凄まじい情報が巡った。
これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね?
ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。
だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。
ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。
ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」
そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。
フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ!
うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって?
そんなの知らん。
設定はふわっと。
エルネスティーネ ~時空を超える乙女
Hinaki
ファンタジー
16歳のエルネスティーネは婚約者の屋敷の前にいた。
いや、それ以前の記憶が酷く曖昧で、覚えているのは扉の前。
その日彼女は婚約者からの初めての呼び出しにより訪ねれば、婚約者の私室の奥の部屋より漏れ聞こえる不審な音と声。
無垢なエルネスティーネは婚約者の浮気を初めて知ってしまう。
浮気相手との行為を見てショックを受けるエルネスティーネ。
一晩考え抜いた出した彼女の答えは愛する者の前で死を選ぶ事。
花嫁衣装に身を包み、最高の笑顔を彼に贈ったと同時にバルコニーより身を投げた。
死んだ――――と思ったのだが目覚めて見れば身体は7歳のエルネスティーネのものだった。
アレは夢、それとも現実?
夢にしては余りにも生々しく、現実にしては何処かふわふわとした感じのする体験。
混乱したままのエルネスティーネに考える時間は与えて貰えないままに7歳の時間は動き出した。
これは時間の巻き戻り、それとも別の何かなのだろうか。
エルネスティーネは動く。
とりあえずは悲しい恋を回避する為に。
また新しい自分を見つける為に……。
『さようなら、どうぞお幸せに……』の改稿版です。
出来る限り分かり易くエルの世界を知って頂きたい為に執筆しました。
最終話は『さようなら……』と同じ時期に更新したいと思います。
そして設定はやはりゆるふわです。
どうぞ宜しくお願いします。
追放聖女。自由気ままに生きていく ~聖魔法?そんなの知らないのです!~
夕姫
ファンタジー
「アリーゼ=ホーリーロック。お前をカトリーナ教会の聖女の任務から破門にする。話しは以上だ。荷物をまとめてここから立ち去れこの「異端の魔女」が!」
カトリーナ教会の聖女として在籍していたアリーゼは聖女の証である「聖痕」と言う身体のどこかに刻まれている痣がなくなり、聖魔法が使えなくなってしまう。
それを同じカトリーナ教会の聖女マルセナにオイゲン大司教に密告されることで、「異端の魔女」扱いを受け教会から破門にされてしまった。そう聖魔法が使えない聖女など「いらん」と。
でもアリーゼはめげなかった。逆にそんな小さな教会の聖女ではなく、逆に世界を旅して世界の聖女になればいいのだと。そして自分を追い出したこと後悔させてやる。聖魔法?そんなの知らないのです!と。
そんなアリーゼは誰よりも「本」で培った知識が豊富だった。自分の意識の中に「世界書庫」と呼ばれる今まで読んだ本の内容を記憶する能力があり、その知識を生かし、時には人類の叡知と呼ばれる崇高な知識、熟練冒険者のようなサバイバル知識、子供が知っているような知識、そして間違った知識など……旅先の人々を助けながら冒険をしていく。そうこれは世界中の人々を助ける存在の『聖女』になるための物語。
※追放物なので多少『ざまぁ』要素はありますが、W主人公なのでタグはありません。
※基本はアリーゼ様のほのぼの旅がメインです。
※追放側のマルセナsideもよろしくです。
【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました
土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。
神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。
追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。
居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。
小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
前世で医学生だった私が、転生したら殺される直前でした。絶対に生きてみんなで幸せになります
mica
ファンタジー
ローヌ王国で、シャーロットは、幼馴染のアーサーと婚約間近で幸せな日々を送っていた。婚約式を行うために王都に向かう途中で、土砂崩れにあって、頭を強くぶつけてしまう。その時に、なんと、自分が転生しており、前世では、日本で医学生をしていたことを思い出す。そして、土砂崩れは、実は、事故ではなく、一家を皆殺しにしようとした叔父が仕組んだことであった。
殺されそうになるシャーロットは弟と河に飛び込む…
前世では、私は島の出身で泳ぎだって得意だった。絶対に生きて弟を守る!
弟ともに平民に身をやつし過ごすシャーロットは、前世の知識を使って周囲
から信頼を得ていく。一方、アーサーは、亡くなったシャーロットが忘れられないまま騎士として過ごして行く。
そんな二人が、ある日出会い….
小説家になろう様にも投稿しております。アルファポリス様先行です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる