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第四章  現在

9  縛りと運命の出逢い Sideジェフリー

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「――――ではアーロン様の命令通り引き続きエヴァンジェリン姫の動向をを探りなさい」
「はい承知致しました」

 私の命に従うのはしわがれた声でこのスラムの住人らしい薄汚れた服装をした四十代半ばの白髪交じりの男。

 ここは王都の中心部より少し外れた寂れた場所。
 ルガートでも一番治安の悪い地区。
 その貧民街の一角にある小さな小屋の中で私はシャロンの間者と密談をしている。

 我が闇の主君であられる今は亡きシャロンの王太子……アーロン殿下の命ずるままに。

 我がルートレッジ侯爵家は元々シャロン王家と所縁ある由緒正しい家。
 勿論このルガートでもそれなりの地位はある。
 だがルガートを建国する際我が一族はシャロン王家より直々に密命を受けたのである。

  

 残念ながらルティエンス一世を弑逆しいぎゃくする事は叶わなかったが、ルガートの内側よりこの国を崩壊へ向かわせる様に我が一族は運命づけられたと言っていい。

 表向きはルガート王へ忠誠を誓いながら……だ。

 我が一族はシャロン王家の命を守るべくそれなりにこの国へ貢献をしつつ、裏では国王や重臣達の暗殺を粛々と実行していた。
 因みに先王陛下も私の指示で大怪我を負わせ、それが元で亡くなったのだが……証拠は何処にも存在はしない。


 まして私はこの国の文官。
 武官ならいざ知らず、態態わざわざ自身の手を汚す愚行は行わない。

 手を下したければ子飼いの暗殺者達へ一言命じればいい。

 また私は別にシャロンにルガート、その何れの国に対し特段執着はない。
 ただ宮仕えをする者として表と裏関係なく粛々と与えられた仕事を確実にこなすだけだ。
 それが臣下としてあるべき道である、ルートレッジ侯爵家の血を継ぐ者の逃れられない宿命なのだろう。
 ただアーロン殿下がもう少し建設的に物事を考えられる御方ならば私もこんなに苦労はしない。

 表向き私はルガートの重臣。
 それに現王ラファエル陛下は為政者としてはかなり有能だ。
 陛下の下で仕えていればおのずとわかるし正直に言えば仕事も楽しい。
 戦に明け暮れ疲弊しきっていたこの国を僅かな時間で立て直す手腕には同性であっても思わず惚れてしまいそうだ。

 この家に生まれなければ私は多分あの御方へ心より衷心を込めてお仕えしていただろうが、今更何を思っても詮無き事。
 そして私は近い将来ラファエル陛下を弑逆するだろうが、彼の愛するこのルガートまでを潰す事はしない。
 陛下を弑逆した後は、未だ御子のおられぬ陛下に変わり唯一の血縁関係にあられるアーロン殿下がルガートとシャロンを統一させ新生シャロン王国の王として即位して頂く。

 アーロン陛下の隣にはエヴァンジェリン姫が立后される予定だ。
 その為にも姫の動向を最優先事項で探らねばいけない。

 最近姫に対し殿下の執着は目に余るモノがあるが、それはこれから追々我ら臣下がお諌め……多分素直に話を聞く御方ではないが、それでも我々は支えていくしかないだろう。
 またエヴァンジェリン姫への執着が並外れている故に、姫が御子を無事にお産みになられる時まで彼女を殺してしまわない様に保護をしなければいけない。


 アーロン様の愛情は愛と狂気が綯い交ぜとなっている。
 姫を求める余り愛情よりも狂気が上回り、これまで何度も姫を殺害しようとされていた。

 大切な初恋の姫故に抱く狂気に満ちた愛。

 それがアーロン様の愛の表現であり、我ら凡人には到底理解し得ないもの。

 遅かれ早かれ姫はアーロン殿下の手により儚くなられるだろう。
 だが何としてもアーロン様との御子が生まれるまでは、我ら臣下が王妃となられるエヴァンジェリン様のお命を護らねばならない。

 だから今回もこんな寂れた、人目につかない場所で間者達に命じている。
 屋敷に不穏な輩を近づけさせ、あらぬ疑いを掛けられない為にもだ。

 この十年もの間姫がこの国におられる事は掴んでいた。
 しかし陛下達はより強力な防御結界を姫の周囲に展開させているのだろう。
 姫の気配を感じてはいるのだが未だ我々は姫の御尊顔を拝してはいない。

 業を煮やしたアーロン様は二年前の朔の夜、禁呪を犯し街娘達の命を対価に姫の夢へと入られた。
 だがそれが精一杯だった。
 術の反動で殿下は暫くの間静養を余儀なくされてしまったが、それでも愛しい姫へ久しぶりにお逢いになられ少しは荒れておられたお心も僅かなりではあるが落ち着かれている。


 しかし私には到底理解し難い。
 狂気を孕む程に女を愛しいと思えない。
 あの術にしても一歩間違えばアーロン様ご自身のお命にも拘るところだったのだ。

 女の為に命を懸ける。
 その様な暴挙等私には無理だな。

 そうわたしはあの瞬間までそう思っていた。
 密談が終わり早々にこの場より立ち去ろうとしていた瞬間だった。
 直ぐ近くより聞こえた助けを求める女の声。

 常ならば面倒事は避けていた。
 それにここは貧民街。
 女を凌辱するのは日常茶飯事と言ってもいい。
 男に捕まった女には気の毒だがそれも運命というものだ……と、何時もの私ならそのまま気にも留めず帰っていた筈。

 しかし何故かあの時あの瞬間。
 私は引き寄せられる様に女の声のする方へと気づけば馬を向けていた。

 そして私は、私達は出逢ってしまった。

 私の命を懸けても護りたいと思える女性に……。
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