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第三章 過去2年前
13 脳筋ジェンセン再登場
しおりを挟む「もう本当にしつこいですよジェンセンさん」
「やっと取れた休暇なんだよ。この休暇をもぎ取ったのは何を隠そう全ては愛しのフィオちゃんの為なんだからさ」
「私は一切お願い何てしていませんしされても困ります」
「相変わらず冷たい!!だがそんな所がまた可愛いんだよな愛おしい俺のお姫様」
おい、今何か申したか?
何時もの様に寝台の中で書簡に目を通していると中庭より何やら怪しげな会話が聞こえてきた。
声は若い男女のもの……。
そうフィオの鈴を転がす様な美しい声は聞き間違えようはない。
もう一人は若い男の声である。
何処かで聞いた事のあるものだが、とは言えこんな甘ったるい声を持つ男は知らない。
然もついその内容へ耳を、いやもう書簡を読む余裕は何処にもなく気づけばラファエルは寝台を降り、そっと窓の隅より声のする方へ様子を窺っていた。
視界に入ったのは中庭で洗濯物を干しているフィオとその傍近くで筋骨隆々の紅い髪をした男が、大型犬宜しくと言った具合に見えない尻尾を振り切りながら彼女へ纏わりついていたのである。
今にもフィオがその白くて滑らかな手を差し出せばだ。
勢いに任せ彼女へ飛び乗り顔中をペロペロと舐めそうな、いやきっとそれだけでは済まないであろう事が想像に難くない。
フィオ自身はそんな男に対しあくまでも塩対応なのは見てわかる。
だがラファエルとしては少々複雑な心境だった。
先日までは全てが終われば彼女を帰国させ、ついでに幾つか良い縁談を……等と思っていた筈。
また視線の先にいる二人が実際何をしている訳でもない。
塩対応なフィオへ男が未練がましく纏わりついているだけなのだ。
しかしただそれだけの事にラファエルの胸の中がどうも落ち着かないのである。
胸に広がるモヤっとして何とも気分が優れない。
それに二人を、正確にはフィオの近くにいる男をを見るだけでイライラする。
おまけに男が彼女へ『愛おしい』という言葉を耳にする度にだ。
胸のモヤっとした感じは増し、それに伴いイライラ度が上昇していく。
何を愚かな……。
左右へ何度も頭を振り、寝台へ戻り書簡を読まなければ……と思う。
しかし不思議な事にラファエルの足が、そして視線がこの場より離れようとはしてくれない。
これまで三度の食事よりも何よりも執務を優先しまたそれで良いと思っていただけに、この状態はまさに彼にとって有り得ない。
出来る事ならば今直ぐフィオを、エヴァンジェリンを呼びつけると同時にあの男といや、自分以外の男と接触させたくないという想いが沸々と込み上げてくる?
いやいやどうかしている。
フィオに、女性に対し何を独占欲めいたものを抱いているのか……とラファエルは自身の心を落ち着かせようとした。
先ずここは王宮ではなくマックスの診療所である。
然も診療所へは身分を隠し秘密裏に養生している事にもなっている。
だから極力マックスとフィオ以外……そうこの診療所へ訪れる患者達にも自分の存在を知られてはいけない。
またラファエルの存在を知られるという事は結果的にフィオの身を危険に晒す事にもなる。
それ故に何があろうとも今はこの部屋より出る事は出来ない。
頭の中では理解している。
だがラファエルの心がどうしても二人の会話が気になって仕方がない。
今まで放置してきた妃なのに……。
ただの紙切れ上の、ルガートとライアーンの両国を護る為だけの妻なのに、先日久しぶりにフィオと再会してからどうもラファエルは自分自身が可笑しくなってしまったのではないかと思っている。
女性へ興味等なかったのに、いやそれは今でもそれは変わらない。
フィオ、エヴァンジェリンだけ。
フィオだけだ。
彼女だけしかいらない。
叶う事ならば何時もフィオの声を聞き、彼女の甘やかな匂いを堪能したいとまでこの数日の間気づけばそんな願望を抱いていた。
それなのに……。
「フィオちゃん五日後一緒に祭りに行かないか?王都の外れにある小さな村なんだけどな。俺の実家もそこにあって春の精霊祭をするんだよ。色んな店も出るからきっと楽しめるし……そ、それと俺の両親もそこに偶然いるんだな」
「ジェンセンさんのご両親?」
「あぁ親父もお袋もきっとフィオちゃんを見ると絶対に気に入ると思うんだ」
「そうなのですか?」
一体何をどうすれば気に入る事になるのだろう?
フィオはジェンセンが意図をするその言葉の意味が理解出来ないでいた。
ジェンセンはと言えばだ。
フィオが何も理解出来てはいないという事も気づく余裕がない程、自身の持つ紅い髪と同じくらいに顔を赤らめている。
自分の両親に紹介をするという事は暗に結婚を示唆しているというのにだ。
フィオが拒否する姿勢を見せないという事は自分は嫌われてはいない、いや寧ろ好かれていると脳筋騎士ジェンセンはそう理解していたのである。
常のジェンセンに対するフィオの塩対応も裏を返せば好きだからこそなのだと思えば、そんな彼女の心がいじらしく尚一層愛おしく思えた。
ただフィオは彼の両親に紹介される意味するものを理解出来ていないだけなのにだ。
またフィオは未だジェンセンへ色よい返事は一つも返していなければ、精霊祭へ一緒に行くとも返事はしていない。
なのに脳筋は脳内でピンクなお花畑にし徐々に鼻息を荒くしているのである。
このままではこの場でフィオを押し倒しかねない⁉
そんな何とも理解し難い光景をラファエルは窓の隙間よりこれでもかと凝視している。
俺の妃に何を言い寄っている!?
何時しかラファエルは心の中で何度も繰り返しそう叫んでいた。
だが二人の前に姿を現す事は絶対に許されない。
感情のままに声を大にしその言葉を叫ぶ事も出来ないし、また言う資格もないのかもしれない。
そうだとしてもこのまま指を銜えて見ているというのも少し違うのではないだろうか?
洗濯物を干しているフィオを今直ぐ中へ呼び戻したいと思っていたとラファエルはジェンセンを憎々しげに見つめながら思い出したのである。
あれはトーマス・ジェンセン、第二騎士団副団長で俺に忠誠を誓った男だ。
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