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第三章 過去2年前
10 穏やかな時間
しおりを挟む「うん経過は順調ですね。炎症も認められないし良かったですよ」
「あぁ済まない手間を掛けさせたな」
「何を言っているのですかエル。僕は昔言った筈ですよ。剣や盾を持ちつつも誰よりも早く貴方の命を助けられる者になる――――と言った言葉をお忘れですか?」
「いや、忘れてはいない。戦の時もそして此度の怪我もお前がいてくれたからこそ俺は今こうして生きていられる」
「覚えて頂いて嬉しいですよ」
マックスは診察後にエルの傷の手当てを行っていた。
その間フィオは診療室の片付けと昼食の準備をしている。
「マックス、姫は……いや、フィオは何時もあの様に働いているのか?」
「え?」
「あ、いや診療の助手だけではなく家事一切とか話していた。その掃除や洗濯も……」
まさか自分の下着までも洗濯されるとは考えてもいなかったからな……と、エルは言葉を濁しつつ小さく呟く。
「えぇフィオは本当に何でも完璧にこなしてくれますよ。それにもう直ぐ彼女の美味しい昼食も出来そうですし」
「――――だが彼女は平民ではない!!」
エルは少しむっとした口調でマックスに言い返す。
しかしマックスはそんな彼の不機嫌さ等さらりと受け流しただけではなく、寧ろ自信ありげに嫣然と微笑んでいた。
「えぇ勿論フィオは平民ではありません」
「ならば――――!?」
何故下女の行う仕事をさせるのかと言い掛けるエルの言葉をマックスは遮った。
「フィオは、エヴァンジェリン様はこのルガートの立派な王妃陛下に御座いますよ。彼女以外この国の王妃に相応しい御方はいらっしゃいません。事情はどうであれフィオは国民の生活をその身で体験し、また診療所だけでなく街でも彼女を慕う者は数多いるのです。そしてただ単に仕事をこなすだけではなく、病で弱っている者の心と彼女は真剣に寄り添ってくれるのです。本当に得難い御方ですあの御方は……」
ですので国外へ逃がす心算何て事は有り得ないのですけれど……ね。
最後の言葉はまだマックスの心の中だけに留めておいた。
何故ならエルが、ラファエル自身エヴァとはまだ正面から向き合ってもいないだけでなく、彼自身己の過去を整理出来ていないからである。
お互いに正面より向き合うまでマックスは全力でフィオの国外脱出の計画は阻止する心算であると同時に出来得る限りの応援もしたいと思う。
この件に関してだけはラファエル自身が自力で乗り越えなければいけない壁であり、それを乗り越えなければこの国の未来もないだろう。
あの時まだ小さな少女だった乙女も今や咲き誇る美しき花へと成長している。
つまりそれだけの時間が流れたという事。
そろそろ過去と向き合うにはいい頃合いではないのかとマックスは思っているのだが、実際は中々思い通りにはならない。
コンコンコンコン。
「フィオどうしたんだい?」
カチャリと扉が開けばフィオは何気におかんむりである。
ピンク色の頬をこれでもかと思いっきり膨らませマックスに文句を言う。
「〰〰〰〰15分も掛らないと仰ったのは何処のどちら様でした?」
「あっ!?」
起ったフィオへそう問いかけられマックスはしまったとばかりにバツの悪そうな表情を浮かべた。
それを見たフィオは呆れた様子で盛大に溜息を吐く。
「もうお食事が冷めてしまいますよ。マックスってば少しも戻ってこないのですもの。エルさんだってお腹が空いているでしょう。きっとマックスが何時もの様にだらだらと話し込んでいたのではなくて?」
「いや、何時もって何気に酷いよフィオ」
「まぁそんな事よく言えますね。先日のトラビスさんの時も結局遅くなったのはマックスのお話が長かったのもあるのですよ。それにこれ以上遅くなるのでしたら今日のケーキはマックスだけお預けにしますからね。さぁ早く席について下さい。あ、エルさんはゆっくりでいいですよ。傷にひびかない様にして下さいね」
そう言い終わればフィオは颯爽とダイニングへ戻っていく。
マックスはそんな彼女を見送ってから両肩を軽く竦めてながらエルへ『では行きましょうか。でなければまたフィオに怒られるので……』と軽く笑って彼を促した。
ダイニングへ行くとテーブルの上には肉汁たっぷりミートローフ。
骨付きソーセージと具沢山なお野菜たっぷりで優しい味付けのポトフ。
シャキシャキの新鮮なサラダ。
温められた外側はカリッと中はもっちりふわふわ食感のまるい自家製パン。
テーブルの上に所狭しとお料理が並べられている中で三人は談笑しつつ食事を楽しむ。
フィオはマックスと他愛ない話をしつつも決してエルが除けもの状態にならない様配慮し、時々笑顔で話しかけてもいた。
ただエルへ異性としての関心があるのではなく、あくまで患者さんへの心遣いによるもの。
一方エルはフィオに話しかけられても他の女性の様に無視する事もなく普通に答えている。
マックスはそんな二人を微笑ましく見守っていた。
食後のデザートは紅茶とマックスの好きな桃のタルト。
タルトは食後でも食べやすい様に甘さ控えめで、エルとマックスもペロリと食べてしまった。
男二人のお腹と心が満たされている間にフィオは食事の片づけに洗濯物を取り込み畳んで片づける。
休む事無く次は夕食の下準備を手際よく行っていく様子をエルは穏やかに見つめていた。
未だ嘗てエルは王宮で侍女や侍従が働いている姿をこうしてじっくりと見た事はない。
それは彼らだけではなくエル自身王という職務を忠実に全うしていたからこそ、周囲の働いている様子を見ている時間もなかったのだ。
食事に関してもである。
王宮内で食べる食事は常に一人きり。
幼い頃よりそれが当り前だったし、今更それへ不満を抱く訳でもない。
王であるが故に賓客を招き贅を凝らした優雅な晩餐で多くの者達と食事を摂る事はあったのだが、それでも今みたいに温かな雰囲気ではなかったな……とラファエルはふと思う。
「ではマックス私はこれで失礼しますね」
そんな事をつらつら考えていればフィオは帰り支度を整えていた。
「あ、フィオあのね……」
「言わなくてもわかっています。ちゃんと明日も来ますから大丈夫です。だってエルさんが飢え死にしたら大変ですものうふふ」
「有難うフィオ何時も悪いね」
「ではお買い物もあるので失礼します」
そうして彼女は軽やかな足取りで帰っていった。
まるで春風の様な存在だなとエルは静かに見送っていた。
勿論帰りもフィオの知らない所で護衛する影達によって厳重に護られているのだが、そんな事情等彼女は全く気付かず何時もの様に買い物をして帰宅したのである。
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