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第二章 過去から現代へ向かって ~過去二年半前
26 虜囚
しおりを挟む「――――とまぁこんな感じですね。王妃様は特に気に掛けてはおられません。あ、それと王妃様もこの春で16歳におなりとなられます」
マックスはラファエルとアナベルへ先日のジェンセンの件について報告をしていた。
「それで何がいいたいマックス」
「いいえただあの時の少女はもう立派な乙女に御座います」
「それがどうした?誰でも年を重ねれば赤子より大きくなるだろうが……」
「そうですね。陛下もあの時より十五年の時間が経っておいでですよね」
「もう一度問う。マクシミリアン・アーネスト・ゴードウィン?」
ラファエルはその秀麗な容貌を少し歪ませマックスを睨みつけている。
一方アナベルは珍しくその様子を静観していた。
そうあくまでも今は報告を聞いているだけ。
話は戻りラファエルは内に秘めたる傷を突かれ如実に態度を硬化させていく。
心の中へ誰も踏み入れるなと拒絶の色を濃くしている。
しかし敢えてマックスはその触れてはいけない領域へ踏み込もうとする。
それはラファエルの忠臣、いや親友として……もしかしなくともその両方の思いを絡めてマックスは、彼の心の中へと侵入を試みる。
「陛下、何時まで女性を寄せ付けずにおられるのでしょうか?それとも王妃様と真のご夫婦として過ごされるお心算なのでしょうか?」
「……お前の言いたい事はわかっている。いやお前だけではないなこれは重臣達の願いでもあるか。この情勢において世継ぎの一人くらい一日でも早く儲けろと言いたいのか?悪いが生憎俺は女には興味がない」
「そこまで私は問うてはいませんよ。ただこれより先王妃様をどうなさるお心算なのですか?」
マックスは宥める様にラファエルへ問い掛ける。
そんなマックスの言いたい事等ラファエル自身百も承知している。
伊達に付き合いが長いだけではない。
一つ年上の親友は幼い頃より共に学び共に励まし合い、また戦いに明け暮れる中もそしてラファエルが最も苦しんでいた時もずっと支えてくれた、頼りになる大切な本当に彼自身心より信頼出来る数少ない仲間なのだから……。
ラファエルは女性が嫌いだが断じて男色家ではない。
至って普通の成人男性であり異性愛好者である。
しかしあの時を境に女性という存在が信じられなくなってしまったのも事実。
然も十五年間もずるずると引き摺っている状態だ。
笑い事では済まされない。
このままではルガート王家に次代を継ぐ者がいないまま万が一ラファエルがなくなればだ。
現在皇家の血を継ぐ者がいないルガートはそのまま途絶えてしまう恐れがある。
ラファエルは今年で30歳になる。
普通ならば子供の二人や三人いても可笑しくはない。
今より七年半前成り行きとはいえ、まだ少女だったにせよエヴァンジェリンを王妃として迎えたのだ。
形式だけの、紙切れ婚だとしてもだ。
それまでどんなに見目麗しい数多なる姫君達が群がろうとも一切相手にしなかったというのにだ。
目的はどうであれラファエルは王妃を迎えたのである。
マックスにはそれがどうしても単なる偶然には思えなかった。
もしかするとあのまだあどけなさの残る王妃がラファエルの心を癒してくれるかもしれない……とつい期待をしてしまう。
また定期報告でも知っている筈。
エヴァンジェリンがフィオとして街にある自分の診療所で働いている事。
アナベルよりの報告で離宮でも普通に生活出来ているのもだ。
そして何より長年彼女を悩ませていた失感情症という病は既に完治した事実もである。
エヴァを縛るものとすれば元シャロンの王太子の件だけ。
でもそれも最早時間の問題かもしれない。
あの感情の少なかった幼い少女はもういない。
今のままではエヴァは大切な花の時期をそのまま終えてしまいかねない。
ラファエルが彼女と真の夫婦になると言うのであれば問題はないがそうでなければ……。
「シャロンの件が片付ければ当初の予定通り姫は故国ライアーンへ帰るだけだ」
「陛下⁉」
「最初からその予定だ。姫には可哀相な思いも随分させたと思う。しかしそれももう直ぐだ」
「では陛下は王妃陛下がお心を通わせる様な男が現れても問題ないと仰られますか?」
「……あぁライアーンへ帰国の折には姫に良い縁談を幾つか考えねばと思っていたからな」
対象外なのですか……?
とマックスは心の中で思わず問い掛ける。
「宜しいでは御座いませんか。陛下の仰る通りシャロンの事が片付きましたらエヴァ様はライアーンへ帰国される事に私は賛成致しますわ」
それまで沈黙を守っていたアナベルが然も当然だとばかりに言ってのける。
「しかしアナベル姫……」
「何を仰りたいのか想像に難くありませんがゴードウィン卿、私の命より大切なエヴァ様の一生の問題なのです。陛下には誠に無礼な物言いかもしれませんが、何時までも過去の事に囚われ現実逃避をなされている情けない殿方にエヴァンジェリン様は勿体のう御座います」
「あ、アナベル姫⁉」
「シャロンのあの馬鹿王太子が無事この世よりいなくなった暁には、エヴァ様をお連れし即ライアーンへ帰国致しますので、どうか一日も早くあの馬鹿の息の根をお止め下さいませ。ではこれ以上の長話は無用でしょうから失礼致します」
「あ、アナベル姫っ。宜しいのですか陛下あのままですと本当にあの姫将軍は王妃様と共に帰国してしまいますよ」
アナベルの一言に慌てるマックスを尻目にラファエルは何食わぬ顔で言い放つ。
「元々最初から保護する為の存在なのだ。それ以上でもなければそれ以下でもない」
「陛下……」
何時までこの御方の心は過去に囚われなければいけないのだろう……とマックスはラファエルを心配するばかりだった。
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