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第二章  過去から現代へ向かって ~過去二年半前

23  Sideジェンセン 

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 パチィィィィィィィン!!

 周囲に響く小気味よい音。
 その音の正体が何であったのかに気づいたのは数秒遅れて理解させられた。
 
 俺の頬が叩かれたと言う事実だな。

 いや叩かれた……と言うのは揶揄だ。
 譬えるなら頬を撫でられた。
 そのくらいの威力しかなかった。

 俺の頬を撫でたのは赤毛交じりの金色ストロベリーブロンドの髪に煌めくエメラルドグリーンの瞳持つ美少女。
 確かに冴えない……今時何処で購入したのかさえと言うのか、はっきり言ってそこら辺にいる婆さん達でも掛けてないぞ!!
 随分昔にデザインされたらしい?黒縁眼鏡を掛けてはいた。
 だが悪いな、そんなもんでは到底彼女の美しさは隠しきれないぜ。


 話は戻り先ず俺は何故彼女が俺の頬を撫でた……叩いた理由がわからなかった。
 いや、わかろうとしなかったという方が正しいか。
 俺はこれでもルガート王国の正騎士として第二騎士団の副団長を務めている。
 またラファエル王へ心より忠誠を尽くしている騎士だ。
 何よりもこのルガートを愛している。

 剣の腕も自信はある。
 何と言ってもこの国で十本の指に入るくらいの腕前だ。
 敵将達よりこの髪の所為でという異名も付けられているが、まぁまぁその名は俺も気に入っているから別に問題はない。

 騎士見習いから始め正騎士となるにはかなり困難な道だったが、それもこれも我がルガートの為と思えばどんな困難も苦にはならない。
 戦に明け暮れようとも偶の休息に美味い酒といい女がいればそれで良かった。
 そうして今この瞬間まで国を護るという大義の為ならばどんなに辛く汚い仕事でも俺は頑張ってこれたし、これからもそれは変わる事はないと思っていた。

 そうこの国はまだ若い。

 これまでシャロン以外からの侵攻も度々あったが、俺達騎士が命を懸けて全力で護りきったさ。
 その栄えある騎士団の中でも上位に入るこの俺様の頬を、この小娘は部下がいる前で叩きやがった!!
 叩かれた瞬間痛みはなかったがそれなりに腹も立ったわ。
 何してやがるこの小娘って思ったがその小娘は真顔で夢物語の様な事を話しやがった。

 この世界で生きる全ての者のだとね。

 真剣な面差しで、キラキラ光るエメラルドグリーンの瞳で、俺の心を射抜く様に言い放った一言に俺は『』としか言い返せなかった。

 精一杯の虚勢。
 俺はあの言葉に『甘ちゃん』という言葉だけしか言い返せなかった。
 そうあの射抜く様に挑んできた瞳に、その言葉で以って無理やり蓋をしたんだ。
 確かにルガートの平和という大義の為に俺達は戦っていた。
 また戦いに綺麗なモノなんて存在しない。
 
 後悔をしている訳じゃあない。
 俺達はラファエル陛下の下でルガートの真の平和の為にこの命を捧げている。
 だから穢れていようがいまいが構っちゃいない。

 これまで捕虜にしてきた敵国のスパイへ随分と手酷い拷問もしてきたさ。
 でも悪いとは思っちゃいない。

 何故なら一瞬の気の緩みがこの国にとって命取りとなる。

 過去に何度もこの国は数え切れないくらいの辛酸を舐めてきた。
 先王陛下もシャロンの汚いやり口で戦死された。
 それにそろそろ俺達の心も限界に近い。
 だからこそラファエル陛下に期待しているんだ。
 そんな俺達の、俺の穢れた心にあの娘の瞳が鋭く突き刺さった。


 確かにあの娘は何も間違った事は言ってない。
 寧ろ正論だ。
 だがいつの間にか俺達はその当たり前を忘れてしまった様だ。

 俺は……俺達は単なる人殺しじゃねぇ。
 騎士道精神を尊ぶ騎士なんだ!!

 あの娘の一言で目が覚めた気分になったんだよ。
 本当なら直ぐにでもあの時は悪かったと一言謝りたかったんだ。
 だがなその、あぁちょっとさいきん……何故か俺の胸の具合が可笑しい。
 どことなく集中力が欠けると言うのか、いや仕事はちゃんとしているがあの娘の顔が幻影の様にチラついてしまうんだ。
 そうなると胸がグッと苦しくなればどきどきと動機がして何やら非常に落ち着かない。

 最近では食事や酒も受け付けないし、馴染みの女の所へ行ってもやる気が起こらねぇ。
 と言うかムスコガ勃ってくれない。
 しまいには女達からは役立たずだと罵られる始末。
 性欲は自慢の一つだったのに、それもダメともなれば益々以って気持ちがどんよりと落ち込んでくる。

 気分は最悪。
 でもあの娘の声を心の中で思い出すと不思議なんだよ。
 心がじんわりと温かくなって満たされていく。
 まぁこんな感じで気分の浮き沈みを繰り返していた所へ例の一件だ。
 こんな心情のまま捕り物へ赴く訳にはいかない。
 俺一人の命なら兎も角俺には護らねばならない国と仲間達がいる。
 この厄介な状態を何とかしなくてはと思い渋々騎士団にある医務室の老い耄れ医者に相談したんだよ。

「はん、お前さんでも恋煩いくらいするんだな」


 恋煩い?
 この何とも言えない甘酸っぱいのかと思えば急に胸が苦しくなったり、変に気力が萎えるのが恋煩いだと言うのか!?

 医者ジジイには笑って誤魔化していたが相手なんて決まっている!!
 だっっ。
 そうか、俺はあの頬を叩かれた時に心までも鷲掴みにされてしまったんだ!!

 原因が分かったとなれば解決方法は簡単。

 あの小娘に交際?

 いやいやこの俺が惚れてしまったんだ。
 交際なんてまだるっこしい、今直ぐにでもあの娘を俺の嫁にしてやろう。

 あの柔らかそうで滑らかな白い肌に顔を埋めたらきっといい匂いがするに違いない。
 あの煌めくエメラルドグリーンの瞳の中に映る俺の姿を傍近くで見ていたい。

 何よりもあの娘の事を考えるだけで俺は今生きているのがこんなにも嬉しいっっ。

 当面は第二騎士団の副団長だが、これから武勲をどんどんあげ出世もする予定だから生活の心配はない。

 先ずこの俺が申し込んで断られる要素は何処にもない!!

 そうして俺は身なりを整えるとあの娘の要る診療所へと向かった。
 ただしこの決断へ至るまでに三ヶ月も要したのは仕方がないとしようか。
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