45 / 122
第二章 過去から現代へ向かって ~過去二年半前
23 Sideジェンセン
しおりを挟むパチィィィィィィィン!!
周囲に響く小気味よい音。
その音の正体が何であったのかに気づいたのは数秒遅れて理解させられた。
俺の頬が叩かれたと言う事実だな。
いや叩かれた……と言うのは揶揄だ。
譬えるなら頬を撫でられた。
そのくらいの威力しかなかった。
俺の頬を撫でたのは赤毛交じりの金色の髪に煌めくエメラルドグリーンの瞳持つ美少女。
確かに冴えない……今時何処で購入したのかさえと言うのか、はっきり言ってそこら辺にいる婆さん達でも掛けてないぞ!!
随分昔にデザインされたらしい?黒縁眼鏡を掛けてはいた。
だが悪いな、そんなもんでは到底彼女の美しさは隠しきれないぜ。
話は戻り先ず俺は何故彼女が俺の頬を撫でた……叩いた理由がわからなかった。
いや、わかろうとしなかったという方が正しいか。
俺はこれでもルガート王国の正騎士として第二騎士団の副団長を務めている。
またラファエル王へ心より忠誠を尽くしている騎士だ。
何よりもこのルガートを愛している。
剣の腕も自信はある。
何と言ってもこの国で十本の指に入るくらいの腕前だ。
敵将達よりこの髪の所為でルガートの紅蓮の騎士という異名も付けられているが、まぁまぁその名は俺も気に入っているから別に問題はない。
騎士見習いから始め正騎士となるにはかなり困難な道だったが、それもこれも我がルガートの為と思えばどんな困難も苦にはならない。
戦に明け暮れようとも偶の休息に美味い酒といい女がいればそれで良かった。
そうして今この瞬間まで国を護るという大義の為ならばどんなに辛く汚い仕事でも俺は頑張ってこれたし、これからもそれは変わる事はないと思っていた。
そうこの国はまだ若い。
これまでシャロン以外からの侵攻も度々あったが、俺達騎士が命を懸けて全力で護りきったさ。
その栄えある騎士団の中でも上位に入るこの俺様の頬を、この小娘は部下がいる前で叩きやがった!!
叩かれた瞬間痛みはなかったがそれなりに腹も立ったわ。
何してやがるこの小娘って思ったがその小娘は真顔で夢物語の様な事を話しやがった。
この世界で生きる全ての者の命の重さは皆平等だとね。
真剣な面差しで、キラキラ光るエメラルドグリーンの瞳で、俺の心を射抜く様に言い放った一言に俺は『甘ちゃん』としか言い返せなかった。
精一杯の虚勢。
俺はあの言葉に『甘ちゃん』という言葉だけしか言い返せなかった。
そうあの射抜く様に挑んできた瞳に、その言葉で以って無理やり蓋をしたんだ。
確かにルガートの平和という大義の為に俺達は戦っていた。
また戦いに綺麗なモノなんて存在しない。
後悔をしている訳じゃあない。
俺達はラファエル陛下の下でルガートの真の平和の為にこの命を捧げている。
だから穢れていようがいまいが構っちゃいない。
これまで捕虜にしてきた敵国のスパイへ随分と手酷い拷問もしてきたさ。
でも悪いとは思っちゃいない。
何故なら一瞬の気の緩みがこの国にとって命取りとなる。
過去に何度もこの国は数え切れないくらいの辛酸を舐めてきた。
先王陛下もシャロンの汚いやり口で戦死された。
それにそろそろ俺達の心も限界に近い。
だからこそラファエル陛下に期待しているんだ。
そんな俺達の、俺の穢れた心にあの娘の瞳が鋭く突き刺さった。
確かにあの娘は何も間違った事は言ってない。
寧ろ正論だ。
だがいつの間にか俺達はその当たり前を忘れてしまった様だ。
俺は……俺達は単なる人殺しじゃねぇ。
騎士道精神を尊ぶ騎士なんだ!!
あの娘の一言で目が覚めた気分になったんだよ。
本当なら直ぐにでもあの時は悪かったと一言謝りたかったんだ。
だがなその、あぁちょっとさいきん……何故か俺の胸の具合が可笑しい。
どことなく集中力が欠けると言うのか、いや仕事はちゃんとしているがあの娘の顔が幻影の様にチラついてしまうんだ。
そうなると胸がグッと苦しくなればどきどきと動機がして何やら非常に落ち着かない。
最近では食事や酒も受け付けないし、馴染みの女の所へ行ってもやる気が起こらねぇ。
と言うかムスコガ勃ってくれない。
しまいには女達からは役立たずだと罵られる始末。
性欲は自慢の一つだったのに、それもダメともなれば益々以って気持ちがどんよりと落ち込んでくる。
気分は最悪。
でもあの娘の声を心の中で思い出すと不思議なんだよ。
心がじんわりと温かくなって満たされていく。
まぁこんな感じで気分の浮き沈みを繰り返していた所へ例の一件だ。
こんな心情のまま捕り物へ赴く訳にはいかない。
俺一人の命なら兎も角俺には護らねばならない国と仲間達がいる。
この厄介な状態を何とかしなくてはと思い渋々騎士団にある医務室の老い耄れ医者に相談したんだよ。
「はん、お前さんでも恋煩いくらいするんだな」
恋煩い?
この何とも言えない甘酸っぱいのかと思えば急に胸が苦しくなったり、変に気力が萎えるのが恋煩いだと言うのか!?
医者には笑って誤魔化していたが相手なんて決まっている!!
診療所にいたあの小娘だっっ。
そうか、俺はあの頬を叩かれた時に心までも鷲掴みにされてしまったんだ!!
原因が分かったとなれば解決方法は簡単。
あの小娘に交際?
いやいやこの俺が惚れてしまったんだ。
交際なんてまだるっこしい、今直ぐにでもあの娘を俺の嫁にしてやろう。
あの柔らかそうで滑らかな白い肌に顔を埋めたらきっといい匂いがするに違いない。
あの煌めくエメラルドグリーンの瞳の中に映る俺の姿を傍近くで見ていたい。
何よりもあの娘の事を考えるだけで俺は今生きているのがこんなにも嬉しいっっ。
当面は第二騎士団の副団長だが、これから武勲をどんどんあげ出世もする予定だから生活の心配はない。
先ずこの俺が申し込んで断られる要素は何処にもない!!
そうして俺は身なりを整えるとあの娘の要る診療所へと向かった。
ただしこの決断へ至るまでに三ヶ月も要したのは仕方がないとしようか。
0
お気に入りに追加
250
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
捨てられ聖女の私が本当の幸せに気付くまで
海空里和
恋愛
ラヴァル王国、王太子に婚約破棄されたアデリーナ。
さらに、大聖女として国のために瘴気を浄化してきたのに、見えない功績から偽りだと言われ、国外追放になる。
従者のオーウェンと一緒に隣国、オルレアンを目指すことになったアデリーナ。しかし途中でラヴァルの騎士に追われる妊婦・ミアと出会う。
目の前の困っている人を放っておけないアデリーナは、ミアを連れて隣国へ逃げる。
そのまた途中でフェンリルの呼びかけにより、負傷したイケメン騎士を拾う。その騎士はなんと、隣国オルレアンの皇弟、エクトルで!?
素性を隠そうとオーウェンはミアの夫、アデリーナはオーウェンの愛人、とおかしな状況に。
しかし聖女を求めるオルレアン皇帝の命令でアデリーナはエクトルと契約結婚をすることに。
未来を諦めていたエクトルは、アデリーナに助けられ、彼女との未来を望むようになる。幼い頃からアデリーナの側にいたオーウェンは、それが面白くないようで。
アデリーナの本当に大切なものは何なのか。
捨てられ聖女×拗らせ従者×訳アリ皇弟のトライアングルラブ!
※こちら性描写はございませんが、きわどい表現がございます。ご了承の上お読みくださいませ。
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる