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第二章  過去から現代へ向かって ~過去二年半前

22  プロポーズ

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 今回の脱出劇で一番激しく後悔したのはエヴァだったのかもしれない。

 逃亡劇後初の出勤日、エヴァは何時も通りに診療所へとやってくるとその扉を開けば、バタンと大きな音と共に扉を閉めてしまった。

 
 な、何!?
 これは一体何事⁉

 
 驚きつつも再度もう一度扉を開けゆっくり……でもない。
 ぐるりと周囲をも回すと一度その場で深く嘆息した。


 う~ん診療所も含めすべてだわ。
 何故たった数日で見事にと化してしまったの?
 兎に角考えても仕方がないわね。
 診察開始時間前までに何とかしなければ!!


 流石に前回とは違いカビまでは発生していない。
 だが流しには汚れた食器や食べ掛けのもので山盛り状態な上に、その周囲をコバエが愉しげに飛んでいる。
 ダイニングのテーブルも食べ零しがカピカピに乾燥したり紙や色々なゴミがあちこち散乱している。
 床もゴミだらけだし、何か液体を零したのだろうか。
 大きな染みまで出来ていた。


 少し見ただけでこれならば、彼の寝室や書斎に診療所はどうなっているのかしらね。

 
 半ば呆れつつもエヴァは淡々と手早く掃除を行っていく。
 あらかた掃除が終わる頃エヴァ自身が掃除やその他の仕事等をかなり楽しんでいるのだと気づいてしまった。
 戻ってこれて良かった……と、でもこれはマックスに内緒にしておこうと思った。
 そう先日の賭けに対する意趣返しなのかもしれない。


 そうして掃除と同時進行でマックスの朝食の準備も整えた。
 採れたてトマトとチーズ入りのふわふわオムレツとトウモロコシのポタージュスープ。
 彩り野菜のサラダに焼き立てのパン。
 パンは勿論自家製だ。
 数日放置していたにもも関わらず菜園は何とか無事だったし、今は収穫するものが多くて食べるのに少し大変。

 マックスへ朝食を食べて貰っている間に山積みの洗濯物を洗って中庭へ干していく。
 慌ただしい事この上ない。
 でもこの何気ない日常にエヴァは幸せを感じていた。

 
 診療が始まると予想通り沢山の患者さんより『もう大丈夫?』『無理しちゃダメだよ』等と心配されていた事へ、申し訳なさを感じると共にエヴァはその気持ちがとても嬉しかった。
 しかしやはり心の隅で自分が正体を偽っている心苦しさも感じていた。
 それでもマックスの様に何時かはわかりあえるといいな……と少し前向きな自分を新たに発見する。
 
 今回の脱出計画が失敗に終わり元の生活にも落ち着いた頃、まさかアレが再びやってくるとはフィオは考えもしなかった。
 日に焼けた褐色の肌に燃える様な紅い髪と漆黒の瞳を持つ身長約2m近くあるだろう筋骨隆々のガタイの持ち主が……である。


 忘れたくとも忘れる筈がない。
 あの時私に向かって『』と囁いた騎士。
 今更この診療所へ何の用があってきたのかしら?


 フィオは受付の窓口でお世辞にも可愛らしい笑顔とは言えない幾分引き攣った笑みを浮かべ『お早う御座います。本日はどうされましたか?』と何とか平静を装いつつ声を掛ける。


「…………」
「はい?」

「…………」
「申し訳ありませんがもう少し大きな声でお願い出来ないでしょうか?」

 フィオははっきりと騎士へ伝えた。
 騎士は身体が大きのにも拘らず、何故か今その身体より発せられる声とは到底思えない程の蚊の鳴く様なと言うよりもだ。
 本当に消えてしまいそうになるくらいの声で何かを切実に訴えている?


 前はあんなにも大きな声で怒鳴っていたのだから話せない訳ではない筈……ってもしかして調のでは!!


 単純にそう思い至ったフィオは何時もの笑顔で紙とペン、そして体温計を出して彼へ再度声を掛けた。

「喉の調子が悪いのですね?声が出ないのでしたら無理に出さないでいいですよ。ここに……今のお身体の状態と先生に伝えたい事を書いて下さい。そして書き終わってからで結構ですのでお熱を測って下さいね」

 ではそちらで椅子に掛けてお待ち下さい……と騎士に促せば、次に待っている患者さんへ声を掛けようとした瞬間それは始まった。

「お、俺は病気じゃ、いや病気かもっていやいやいやいやそうじゃなく……」

 騎士は真っ赤な顔のままフィオの手を行き成りガシッと掴む!?
 勿論患者さんというギャラリーのいる中でである。


 あ、声が出るのね。
 では風邪ではないのかもしれない。


 当のフィオが最初に思った事である。
 でもだとすれば何故この騎士は行き成り自分の手を掴むのかがフィオには全くわからない。
 然も強い力で掴まれているの為振り解こうにも力の差は歴然過ぎて振り解けない。
 理由がわからないままフィオがどうしようかな……と呑気に考えていると、彼女の頭の上より一際大きな声で叫ばれてしまった。


「お、俺は、あんたに惚れたんだ!!俺とどうか結婚して欲しいっっ!!」
「はい?」

 トレードマークの燃える様な紅い髪以上に真っ赤な顔のまま騎士は衆目が生暖かく見守る中で、フィオへ行き成りのプロポーズをやってのけたのだ。

 場所やムードも何もない。
 ただ一方的なプロポーズ。
 またプロポーズらしい言葉というよりもだ。
 雄叫びに近いものだったが故診察室にいたマックスがそれを聞きつけ慌てて出てきたのも当然と言えば当然だった。

 そして当事者のフィオはやや、いやかなり困っていた。

 えーっと一応の筈……。
 は流石に無理……しょう?
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