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第二章  過去から現代へ向かって ~過去二年半前

16  密談 後半

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 ミドルトン公爵アイザック・パーフィットは深く嘆息した。
 現当主であるアイザックのミドルトン公爵家はルガート建国当時より王家と密接した間柄でもあるが、彼の公爵家は常にルガートとシャロンの動向を注視している。

 そして何時の頃なのかは定かではない。
 当主であるアイザックの気紛れによりルガートかと思えば時には敵国であるシャロンへと肩入れをしていた。
 彼曰く決して故国を裏切ってはいないらしい。
 自領の安定を図る為だよと笑って答える始末。
 実際ルガート国内では中々に浮いた存在で、また周囲よりとして有名である。

 おまけにシャロンの裏の組織とも深く繋がっているという実しやかな噂もあり、それに関しても特に否定はしない。

 しかし何と言ってもそこは名門公爵家。
 周囲は好き勝手に噂はするけれども決して表立ってアイザックと争う事はない。
 中央政府に至っても公爵家に思う所はあるものの結局は静観と言う名の様子見だ。
 


「では君は近々ラファエル陛下を弑逆しいぎゃくする腹積もりなのかな?ルートレッジ侯爵」
「いえ私はあくまでも文官。助言をするのが私の役目です。私は常に自身の仕事へ忠実に従うだけです」

 ルートレッジ侯爵ジェフリー・サザートンは淡々と答えた。
 彼はルガートの重臣の一人であると同時にシャロン王家と深く係わりのある家柄の嫡男。
 彼の侯爵家はシャロン王家と長く姻戚関係のある家系だ。

 嘗てシャロン王家が二つに分かたれる事を何よりも杞憂した家でもあった。
 一つの国が分かたれた際シャロン王家より密命を受けたのがルートレッジ侯爵家である。
 その密命とは……。

 ルティエンス公爵が興したであろうルガートを内側より崩壊せよと。

 忠実な臣下とする表の顔を持つ裏ではシャロンより送り込まれてくる暗殺集団や諜報員へ指示し、ルガート王並びに要人暗殺等を行っていた。

 勿論証拠は一切残さない。

 密やかにそして確実に、だから今まで誰にも気づかれなかった。
 因みに先王……つまりラファエルの父王を戦場にて戦死へと追い込んだ原因を工作したのもジェフリーである。

 だが確たる証拠は何処にもない。
 何故ならこの時ジェフリーは文官として王都で、然も王宮の中で粛々と仕事をしていたのだから……。


 そうして暫く二人は雑談を交えた会話をした後先にルートレッジ侯爵ジェフリーは宿屋を後にした。
 一方一人部屋に残ったアイザックはゆっくりと葉巻を嗜み……。

「……ラファエル陛下を弑逆か。実に面白い話を聞いたな。これはこれでまた有意義な時間でもあったかな」

 と小声で呟くともう二本目の葉巻をカットし火をつけ、上へと向かって煙が伸びていくのを見守りながら何処か楽しげな表情かおをしていた。
 その後程なくしてアイザックは宿屋を後にし帰宅の途に就く。

 アイザックは屋敷に着くとそのまま彼の帰りを待っていた執事のヨルムを伴い執務室へと向かう。
 座り慣れた椅子へ腰を下ろすとヨルムは優雅な仕草で香り高い紅茶を淹れ、やや疲れの見える主の前にそっと置く。
 彼はこういう何気ない気遣いの出来る腹心の部下ヨルムを心より信頼している。
 まぁ気遣いだけが出来る男でもないのだが……。


「……特に収穫はなかった様に御座いますね旦那様」

「あぁ大きな収穫と言うものは特になかったかな。とは言え彼は、ルートレッジという男は昔からそう簡単にはいかない男だね。彼の表向きの仕事を見てもわかるさ。実に我が国のとして頑張っているからね」
「そうで御座いますか」

「うん私がアーロンと顔馴染みなのも理解した上でそれでも彼の居所を教えてはくれなかったよ。本当にもう少しお馬鹿さんだったら良かったのにね。実に勿体ないよ」
「では切り捨てられるので御座いますか?」

「いや、もう少し泳がせておくさ。こちらとしてもシャロンの動向はしっかりと把握したいし、勿論我が国の動きももう少し把握したいと思わないかい?」
「お人が悪う御座いますよ旦那様」

「ふーんそれをお前が言うのかい?私はで有名なミドルトン公爵だよ。私はシャロンとルガートのやり取りを何時も面白可笑しく見ているだけさ」
「――――そして偶にお手を出されるのですね」

「ふふんそれが私の趣味だからね。さて、今回はどちらに手を貸そうかな?」

 悪戯っぽく焦げ茶色の瞳で然も楽し気なアイザック。
 一方そんな主を見たヨルムはやれやれと言った様子で左右へかぶりを振りつつも、ちゃんと用意は整えてあるとそれとなく伝える。


 因みにヨルムはかなり若く見えるがこれでもあと数年で60歳になる。
 だが外見上は40代後半にしか見えない。
 執事らしく燕尾服をスッキリと着こなしている様相はそこら辺の格の低い貴族よりも紳士然とし、主同様男性特有の色香を纏った男である。

 また公爵家の執事だけが彼の仕事ではない。
 主に表と裏の顔がある様に彼もまたその主の期待に応える万能執事なのだ。
 常に主の望む先の事を考え、そして彼の望み通りに行動する。
 それがヨルムと言う男の矜持である。


「旦那様これが今回王宮内に蔓延るドブネズミに御座います。今回のリストにはルートレッジ様を入れずにこの者達をリストアップしてあります」

 そう言いながらヨルムはアイザックへ、今は亡き国であるシャロンに傾倒する愚かな下級貴族数名と王宮内にいるシャロンの諜報員や兇者達合わせて50名程の名簿を記された羊皮紙を差し出す。

 渡された羊皮紙を見てアイザックは楽しそうに呟いた。

「今回はラファエル陛下に恩を売るとしよう。そうだね、まだ私としては彼には死んで貰っては困るからね。それに陛下は実に不器用で興味深い人間でもあるからね。あぁシャロンはまた性懲りもなくラファエル陛下を弑逆できれば、未だ世継ぎのないこの国の頭にアーロンを立てようと画策しているみたいだよ。そんな面白くない事をこの私がさせる筈もないというのにね。さぁこれから楽しい宴の始まりとなるかな?」
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