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第二章 過去から現代へ向かって ~過去二年半前
11 あり得ない賭け Sideエヴァ
しおりを挟むどきどきどきどき
マックスの最後の言葉が私の心へ言い様のない不安で満たされていく。
これ以上ここにいては危険だと心と頭の中で盛大に警鐘が打ち鳴らしている。
警鐘云々ではなく私自身が一刻も早くこの場を去らねばいけない事を理解しているけれども……。
「あ、あらふ、不思議な事を……って、確かアルノーさんだったでしょうか。せ、先日王様は独身だとお、お聞きしたのはき、聞き違いだったのでしょうか?」
「あぁそれはアルノーさん達の勘違いだよ。陛下は独身ではなく正式な手続きに則られた既婚者だよ。フィオは幼かったから知らないかな?王妃様はライアーンの百合と称えられた御方でね。僕も一度だけその御姿を拝しだけれどそれは見事な赤毛交じりの金色の髪をしたそう――――今の君と同じ髪をした可憐な美少女だったよ」
びくん――――っっ!?
マックスの最後の一言に身体が無意識に反応してしまう。
国民は皆陛下が独身だと思っている。
そうよ。
忘れられた王妃の存在何て誰も知らないじゃない。
なのにどうしてマックスは陛下を既婚者だと断言するの。
然もあの頃の私の事を見たですって⁉
有り得ない、有り得ないわ。
だって今でも決して忘れもしない。
ルガートへ来た時誰一人として歓迎される事はなかったわ。
また当時8歳だった私は大勢の臣下が控えているだろう玉座の間ではなく、誰にも見られる事のないまるでこの婚姻は無効なのだと突き付けられる様に私は陛下の執務室へ連れてこられたの。
そして半強制的に婚姻証明書へサインをさせられ、アナベルと共に離宮へ押し込められた。
この国の王妃として正式な披露目もない。
夫となった陛下を拝したのもあの時ただ一度きり。
国民が王妃の存在を知らなくて当然なのよ。
逆にあの当時の私を見たというマックスって一体何者なの。
確かにあの執務室には私と陛下だけではなく数名の大人達がいたのは覚えている。
でもはっきり言って顔は覚えて……いや性別もウロだわ。
とは言え一街医者のマックスが陛下の執務室にいたのが事実だとすれば彼は王宮の関係者?
駄目よエヴァ。
これ以上ここにいてはダメ。
彼が何者なのかを問い質したい気持ちはあるけれどもここは直ぐにでも撤退すべきよ。
兎に角私は別人だと言い一刻も早くこの場より離れた方が良策。
そして明後日の早朝出来るだけ早くこの国から脱出しよう。
ん、何故明日でなく明後日なのかって?
そんな事決まっているじゃない。
今日は私のお給料日で、明日はアナベルのお給料日だからよ。
お金はどれだけあっても邪魔にはならないし、それに先立つものは多ければ多い程良いに決まっている。
確かに今の私は王女らしくはないけれども、この七年半の間に経済観念はしっかり身についたわ。
私は手早く身支度を整えマックスから頂いたケーキと花束それから忘れてはいけないお給料をしっかり握り帰ろうとした時だったわ。
背後よりマックスは声を掛けてきた。
然も常とは違うやや挑戦的な声音でね。
しかし私はもうはっきり言って彼と話すのが怖い。
正体がバレている様な感じがするもの。
とは言えこれが本当に最後なのだから無視をする訳にはいかないわね。
「どうしましたマックス?」
「ねぇフィオ、僕と賭けをしないかい?」
「はい?」
一体何を言い出すのかと思えば賭けですって。
そして何を賭けると言うの?
もう私はこの国へ戻らないのに……。
「賭け……とは?もう私はここへは来ないのにどうして賭けが成立するのですか?」
今日は最後の出勤日。
だから私がこの診療所へ訪れるのも今日が最後。
最初から成立しない賭け事なんて出来よう筈がないのにどうしてマックスはそんなにも落ち着いているの?
何時もの温和なマックスとはまた違う一面を見てしまったわ。
でも彼はそんな私の疑問へ一切答える様子はなく賭けの内容を淡々と説明したの。
「賭けは実に単純だよ。勿論金銭の絡む賭け事はしない。それは違法だからね。ただフィオが、君の目指す目的地へ無事に到着する事が出来ればフィオの勝ち。だけどフィオが目的地に着く事も出来ずこの国からも出られない時は僕の勝ちって事で君はまた僕の診療所で働く事」
「そ、それの何処が賭けになるというのですか!!まして私が負ければここで働くのがぺナルティーだ何て……」
「うん勿論お給料は今まで通りだし条件も何も変わらない」
「では私が賭けに勝った時はどうなるのですか?」
もう胸のドキドキが止まらない。
ドキドキを超えてバクバク状態よ。
これ以上何かあれば心臓が口より転び出るかもしれない。
そして一体何なのこの展開は!!
なのにマックスは含みのある、実に蠱惑的で悪戯っぽい笑みを湛えている。
「フィオ、それは敢えて言葉にしなくともいいと僕は思う。そう聡明な君ならわかる筈だよ。君が勝利を得た瞬間に手に入るものの価値をね」
ま、まさか、まさか本当にマックスは全てを知っている上で私を……!?
「さぁ余りゆっくりしていると日が暮れてしまう。賭けは今からスタートだね。月曜日は僕が出張に出かけるので診療所は休診だから結果は水曜日って事になるかな。今から本当に楽しみだよフィオ」
あぁ今私はマックスの闇を垣間見た様な感じがするわ。
とは言え私もアナベルを無事にこの国より脱出させるのが目的なのですもの。
こんな所で気を弱くなんてしていられない。
何れにせよもう賽は投げられたのだから前へ進むしかない。
私は挨拶を済ませ診療所を後にした。
翌日私は荷物をもう一度確認する。
準備万端、日持ちのする食材や旅費も整えられたわ。
そして陛下……少なくともこの王宮内の者達には私達の計画は未だ気付かれていないと思う。
なのに胸の奥より何とも言えない不安が込み上げるのはきっと昨日交わした、いえ一方的に賭けを持ち掛けられたマックスのあの態度と言葉。
まるで彼の口振りでは私の正体を知っている様にしか思えない。
もし全く知らなかったとしても何故あの様な賭けを持ち掛けたのだろうか?
マックスのあの口振りでは私の計画は失敗に終わると言っている様にも取れる。
まさかそんな筈はないわ!!
これまで綿密にアナベルと二人で計画を立ててきたのだもの。
それとも……私だけが知らない何か秘密でもある?
何か私は見落として……いる?
だとしても今更計画を断念する事何て出来ない。
万が一計画が破綻し私が拘束されたとしてもアナベルだけは無事に国外へ逃がさなければ、それが長年忠義を尽くしてくれた彼女への私に出来る事。
それから数時間後、夕刻になりアナベルは帰ってきたわ。
私達は早めに夕食を済ませ湯浴みをし、明朝早くに離宮より脱出する為二人で寝台に潜り込む。
これから先どうなって行くのかはわからない。
でもきっとこの離宮生活と同じ様に何とかやっていけるでしょう。
そう未来はまだ何も決まっていないもの。
今を信じて進む事が未来へ繋がっていく。
私はそう信じて静かに眠りに就く。
だから暫くしてアナベルがそっと寝台を抜け出したのもわからないくらい私は熟睡してしまったわ。
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