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第二章 過去から現代へ向かって ~過去二年半前
8 最後の出勤日 Sideエヴァ
しおりを挟む翌日私はアナベルを送り出すと家事手早く済ませそっと気づかれない様に買い物へと出る。
何時もなら休日は離宮で大人しく家事や料理の仕込み等をしていただろう。
だが今の私には時間はない。
速足でお肉屋さんへ行き干し肉を多めに購入した。
勿論明日の分のお肉もね。
昨日はとても買い物をする気分ではなかったから……。
それから旅行用の、少し大きめな茶色の鞄を二つ購入する。
その他ちょいちょいと買い物を手短に済ませればそのまま帰路へと着く。
帰宅して荷解き終えるとパンの仕込みにハンバーグの下準備を淡々とこなしていく。
その後寝室へ行き鞄の中に荷物……とは言えはっきり言って余りない。
今まで本当に切り詰めて生きていたのだもの。
明日を無事に生きる。
そこに衣食住で必要なもの以外に購入するものはなかっただけ。
必要最低限度の衣類入れれば後は最後に日持ちのする食材を詰め込む予定。
何故なら鞄はそんなに大きくはないの。
第一余り大きな物を抱えていればと返って悪目立ちしてしまうでしょ。
だから必要最低限のモノが入ればいいだけのサイズのモノを態と選んだの。
そうしてアナベルが帰ってくる前に準備がひと段落ついた私は、何をする訳でもなく奥庭の菜園を見つめていた。
最初は何もなかった……のよね。
草が鬱葱と生い茂っているだけの場所だったわ。
あの日アナベルの提案がなければ今のこの菜園はなきっと存在しなかったでしょうね。
ふふ、本当に何もない所から二人共泥だらけになって、草で手や顔等あちこち切り傷を作りながら、でも今ではこんなに立派な菜園が出来上がったのよね。
しかしそれも後二日。
私達がここを去ればこの菜園はきっと元の姿へと戻っていくでしょう。
そう思えば何とも感慨深い思いがしてならない。
この離宮もよ。
台所やリビングに寝室、図書室も最初は手がつけられないくらいボロボロで埃塗れだったわね。
まぁボロさだけは今も余り変わらない。
でもそれなりにアナベルと二人で色々工夫をし居心地の良い住まいだと思える様になったわ。
こんな寂れた場所で私達は一生懸命力を合わせ七年半もの間ここで生きてきた。
多少思い出の残る場所となったけれどもだからと言って感傷に浸ってはいられない。
もう決めた事。
第三国……南部一帯を支配するカルタン王国へ向かうと決めたのよ。
本当は少しでもライアーンの傍に行きたいと願ったわ。
故国の地を踏む事は出来なくとも、少しでも彼の地の傍で生きていきたいとも願った。
だがそれは決して許されはしない。
もし追手がかかれば直ぐにライアーン方向は国境を閉鎖されるでしょう。
ライアーンはこのルガートより北にある隣国。
この国の目を欺く為にも私達は真逆にある南のカルタンへのルートを決めたの。
最初はアナベルと一緒にこの国より脱出をするのだけれど、暫くしてルガートの追跡が落ち着いた時点で彼女には帰国して貰う予定。
でもこれはまだ本人には秘密。
何故ならそんな事を言えば絶対反対するに決まっている。
だから無事に脱出出来るまでは絶対にアナベルにも知られてはいけない。
そうして迎えた金曜日。
そして私の、診療所最後の出勤日。
それでも朝は変わりなく訪れるし、私はアナベルに見送られて診療所へと出勤をする。
因みにアナベルは今日荷物の最終チェックと明後日乗る予定の馬車の確認等私の苦手な事をしてくれる。
しかしながら診療所へ向かう私の足取りは非常に重い。
とても重過ぎる。
まるで大きくて物凄く重い鉛の球を引き摺って歩いている様な錯覚さえ感じてしまう。
とは言え生まれてから一度もそんな物を引き摺った事はない。
要するに私の気持ちがそれだけ重苦しいものだと言う揶揄よ、揶揄。
はぁ本当なら今日は月末で待ちに待ったお給料日。
ひと月で一番楽しくて幸せなと一日となる筈だった。
でも残念ながら少しも楽しいと感じないのはきっと今日を最後にマックスや顔馴染みとなった沢山の患者さん達との別れが待っているから……。
私は本当の理由を告げる事無く偽りの姿としてここを去る。
だから患者さんが一人また一人と帰っていく毎に『お大事にして下さい』と言う言葉へ重ね『今まで有難う御座いました、そしてごめんなさい』と、心の中で別れを告げる。
それが今の私に出来る精一杯の事だから……。
そして最後の患者さんを見送ればマックスは何時もと変わらず昼食前に出掛けて行く。
多分ケーキとお花を買いに行ったのね。
もうケーキもお花も買わなくていいのに、気を遣い過ぎですよマックス。
マックスが留守の間に私はもう最後となるであろう診療所や彼の寝室と台所を丁寧に片づける。
それからお昼ご飯にハンバークとサラダ、スープは沢山作っておいた。
夕食様にローストチキンも丸ごと1羽分とパンも持てるだけ沢山持ってきたわ。
少しでもマックスが食事に困らない様にと、私に出来る唯一の事だから……。
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