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第二章 過去から現代へ向かって ~過去二年半前
7 違和感と拮抗する心 Sideエヴァ
しおりを挟む「突然で申し訳ありませんが今月でここを辞めさせて頂きます」
翌週早々私は仕事が終了し帰り支度をする前、雇用主であるマックスへ退職を告げていた。
「な、何を行き成り言うのかと思えば、これは冗談だとしても少し性質の悪いものだよフィオ」
僕だから冗談だと理解しているからいいけれどね……と軽く受け流そうとするマックス。
でも私は冗談ではないと、本気なのだと即答で言い返す。
そんな私の本気をマックスは悟ったのでしょうね。
それから暫くの間退職を『する』『させない』と子供の喧嘩の様な言い合いが続いたわ。
だけどこれでは何時までも埒が明かないと思ったマックスは深く嘆息し温くなったコーヒーを一口流し込む。
「先ず……理由は何かな?」
「一身上の都合です」
「はぁそれでは益々認められないね。第一君をなくしてこの診療所を僕一人でやっていけると思うの?」
「私が来るまではマックスは一人だったのでしょう?昔に戻るだけなのでは?」
「ははは……君は時々残酷な事を言うね。それ、ちゃんと自覚して言っているのかな?」
「マックスも結構残酷ですよ。私が何も傷つかない人間みたいに言うのですから……」
「フィオ、君は――――!?」
「いえもういいです。兎に角今月末で辞めます。それともう時間なので今日は失礼します」
そう叫んで半ば逃げる様に帰ったのは一昨日。
そして今日は出勤日。
一昨日の一件でメンタルな部分での仕事が辛い。
でもそんな事で欠勤なんて出来ないわ。
叶うならば最後の日まできちんと仕事をしたいし、何より先立つものは多ければ多い程いい。
それにしてもつくづく思ってしまう。
こんなにもお金や生活について事細かく心配する王女なんて、後にも先にもきっと私しかいないわよね。
はぁぁぁ七年半前の私に会う事があればしっかりと言い聞かせたいわ!!
何があろうともお父様を止めろってね。
シャロンの後方支援さえ行わなければこの状況は発生しなかった筈。
そしてマックスや多くの患者さんとも出会わなかった……事になるのね。
ルガートに来て、マックスの下で働けて本当に幸せな日々だったわ。
ここはとても居心地の良い職場だったのに、まさかこんな形で出て行く事になってしまうなんて……。
「フィオちゃんフィオちゃん」
「どうかしましたか?」
受付でつい考え込んでいるとアルノーさんが珍しく今日は杖をついて一人で杖をやってこられたの。
何時もはご近所で仲良しのバヌロさんと一緒なのに珍しい事もあるものだと思ってしまった。
私は普通に受付をするのだと思いアルノ―さんのカルテを用意していれば、彼はこそっと小声で話し掛けてきたわ。
「何かあったんかい?」
「え?一体何がって何をですか?」
意味がわからないと頭の上で?マークを三つか四つ出していればよ。
アルノ―さんはいえ、今ここにいる患者さん全員がまさか同じ事を思っているだ何て思わなかったのよ。
「先生と喧嘩でもしたのかい?」
「いえ、喧嘩何てしてはいません」
そうこれは喧嘩ではない。
だけどアルノーさん曰くどうやらマックスと私の様子が可笑しいのだと言う。
おまけに訪れる患者さん全ての人達が最近何時もの診療所の空気と全く違う何て事をコソコソ話していたらしい。
そこで皆で話をしてもらちが明かないという理由で、アルノーさんは皆を代表し私へ直接尋ねに来たのだと言う。
本当に皆のいう所の単なる喧嘩であればどんなに気が楽だったのかしら。
喧嘩両成敗でお互いに『ごめんなさい』と一言謝れば済む問題なのでしょうね。
でも私達は……少なくとも私は違う。
今こうして目の前で心配そうにしてくれているアルノーさんやそして診療所の微妙な空気を読みとってくれている患者さん達にとって、私は憎まれるべき対象なのですもの。
そして許される事のない対象でもある。
彼らに私の素性を知られていないのがせめてもの救い……なのかもしれない。
少なくとも私にとってはね。
戦争で傷ついた身体は時間が経てば完治若しくはある程度治癒出来るものだとしてもよ。
心はたった二年で癒える事はない。
表面上は普通の生活を皆送っているのだろう。
でも戦争で傷ついた心はそんな彼らへ何時でも恐怖や苦しみを思い出させる可能性がある。
もしかすると毎夜恐怖で泣き叫んでいるのかもしれない。
家族を亡くした悲しみで普通に生活を送る事が出来ないのかもしれない。
例を挙げればキリがない。
もし彼らへ私の素性を教えれば恐らく私は殺されるかも……いえ、譬えそうであろうとも私は文句が言えない立場であり殺されるべき対象。
あの戦の事を思えば私はこの国より逃げてはいけないのでしょう。
でも私にはたった一人ライアーンよりついてきてくれたアナベルを護る義務もある。
そうアナベルだけでも無事に逃がさなければ私は彼女の両親に合わせる顔がない。
後三日、後三日間私はマックスの助手として勤めるの。
だからしっかりしなさいエヴァンジェリン!!
お給料を頂くのだからその分きちんと何時もと同じ様にお仕事に専念しなくてはいけないの。
患者さん達に心配させてはいけないわ。
「心配をおかけして申し訳ありません。私もマックスも大丈夫ですよ。きっと先日の捕りもの騒ぎの所為ですよ。あんな間近で見たのは初めてだったから、そうきっとその所為です」
「でもフィオちゃんはそうでも先生はなぁ……」
医師として長年従軍していたから捕り物何て見慣れているだろうとアルノーさんは尚も食い下がる。
しかし私は敢えてアルノーさんの言葉を遮ったの。
「先生のは何時もの事でしょ?大丈夫ですよ。後で私がしっかり喝を入れておきますからね」
「そ、そうかいフィオちゃんがそう言うんだったらそうだなぁ。だがな先生は何時もの事かもしれんがフィオちゃん、困る事があったら遠慮せんとわしらに相談するんだよ。わしらは皆フィオちゃんの味方だからな」
「アルノー……さん?」
そう小さく呟きながらふと周りをみると、待合所にいる患者さん皆が笑顔で私を見てくれていたの。
「あ、有難う御座います」
私は深々と一礼する。
とても嬉しくて心がほんわかと温かくなる。
余りの幸せに涙が滲み出そうなのを必死に堪えたわ。
フィオである私へ皆の温かな心が嬉しいと感じれば感じる程に、故国の選んだ行動の罪深さをまざまざと見せつけられ思い出され、無数の氷の刃となって私の心へ突き刺さる。
フィオとして生きる私と閉ざされた未だ離宮で囚われているエヴァンジェリンの心。
私の中で二つの心が拮抗すればする程に私は血の涙を流しているの。
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