上 下
21 / 122
第一章  過去から現在へ向かって ~十年前より三年前

16  先生自覚ありますか? Sideエヴァ

しおりを挟む

「フィオ、悪いけどこれから少し出てくるから……」
「往診ですか?」
「いや往診ではないから直ぐにね。本当に直ぐに戻ってくるよ」

 にまにまな笑みを湛えたまま先生は足早に診療所を後にした。
 
 ばびゅ――――んと擬音が聞こえるくらいにね。

 そんな先生の一連の動作は凄くはっきり言って感じがたのだけれど、これは敢えて口にはしていない。
 思い返せばあのにまにま笑顔は今朝からよね。
 昨日やそれまでは普通だったのだもの。
 ま、まさか馬車馬の様に仕事をさせ過ぎた為に到頭とうとう頭が可笑しくなったの⁉
 そう考えに至れば逆に反対に心配になってしまう。

 叶うならば私とアナベルの明るい未来の為にもマックス先生、貴方には是が非とも後三年間は馬車馬の様にしっかり働いて頂きたいの……と私は先生の出て行ったであろう扉をじーっと見つめてしまう。

 何故ならこんなに破格なお給金を出してくれる所ってそうそうない。

 これでも王都内にあるお店の求人広告を沢山見てきたのだもの。
 兎に角私は少し心配しつつも待っている間に彼の夕食の下準備をし始めた。

 昼食は就職際の話し合いで一緒に食べる事になっているの。
 先生曰く一人で食べる食事は味気ないと言われてしまった。
 確かにその気持ちはわからなくもない。
 そう私自身アナベルのいない昼食は寂しくて味気ないって思ってしまうのだものね。

 王宮にいた頃はそんな感情なんて存在しなかった。
 用意されたものを受け入れ、それを淡々と受け入れる。
 それが当たり前で、それしか私は知らなかった。

 でもこの国へ来てアナベルと暮らす様になって少しずつだけれど私は人間らしい感情が芽生えたの。
 だから先生のの意味がよく理解できる。
 それに食事って一人で食べるよりも皆で食べる方が美味しいわ。
 
 そんな事を考えながら私は中庭で洗濯物を取り入れそれを畳み、先生の寝室と書斎を手早く掃除していく。
 診療所内の掃除を終えた頃になると先生は帰って来たわ。
 然も相当急いでいたみたいではぁはぁと両肩で呼吸をしているの。


「お帰りなさい先生、お食事の用意は出来ていますよ」
「うん遅くなって悪かったね。さぁ食事にしようか」

 私はそう言うと先程作っておいたミネストローネを温め始める。
 テーブルの上にはローストビーフや採れたて野菜等を挟んだサンドウィッチ等が並べられている。

 彼曰く、お昼ご飯にはたっぷりお肉や魚等を食べたいと言う希望があったの。

 勿論私もまだまだ成長期だからお肉やお魚をしっかり食べなさいと説得されたわ。
 当然食費はマックス先生持ちでね。

 ただこれまでの生活で野菜やパン等の調理はお手の物だけれど、お肉や魚等のに関し最初は調理方法がさっぱりわからなかったわ。
 まぁそこは食費を出来るだけ切り詰めたくてほぼほぼ野菜スープとパンが定番だったもので……。

 だからアナベルの勤めている食堂の女将さんに頼み込んで少しずつレシピを教えて貰ったの。
 ふふ、女将さんからは呑み込みが早いと褒められてしまったわ。
 マックス先生の所がダメになったら女将さんが二人纏めて雇ってくれると言うから、万が一私は失業しても安心ね。

 因みに今日のローストビーフは昨日離宮で作ったモノを持ってきたの。
 何故なら時間は有効に使わないといけないでしょ?
 それに私は主婦としてとても有能だと思うの。

 大きな声では言えないけれどマックス先生のお金で買ったお肉は、ちゃんとアナベルの分も入っているのですもの。

 先生は纏まった金額を先渡ししてくれたの。
 だから患者さんより何処のお店の食材が安くて良いものかを情報収集をし、少しでもお得なお買い物をするの。

 とは言え私達の菜園で採れるものは基本買わない。

 パンにしても原材料を買えば台所で色んなパンが安く出来るのよ。
 お店で買う事を考えれば何て経済的だと思わない?
 だから偶にバターを買ってクロワッサンを作った時もあったわ。

 先生からは好評で寧ろ『お金が足りないのなら追加で払うからね』と今直ぐにでも財布の紐を緩めようとするから慌てて止めたわ。
 お金を出してくれるのは嬉しい。
 でも予算内できちんと賄えているし、いえアナベルの分も内緒……で頂いてもいるのでこれ以上はね。
 

 スープが程よく温まった所でお鍋をテーブルへ置いた時だったわ。
 先生の席の前に見慣れないものが二つあったの。
 何かしら……って思ったのだけれど他所様の持ち物に興味を抱く事をはしたないと思った私は、何も気にせずにスープを器へよそい終えれば自分の席にと着いた。
 
 しかしマックス先生はまだあの不気味なにまにま笑顔のまま。
 いや寧ろ外出前よりもにまにまがアップしている!!
 基本いい人なのだけれどそのにまにま笑いは本当にキモいです。
 出来る事ならば是が非とも止めて頂けると私は心の底から嬉しいのですけれどね。

 食事を始める前に先生、その笑顔自覚ありますか……?

 私の切実な心情を知らない先生は、にまにまを湛えながら食事を始めようとした私へ一通の封筒を差し出したわ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

処理中です...