上 下
15 / 122
第一章  過去から現在へ向かって ~十年前より三年前

10  黒縁眼鏡と鋏 Sideエヴァ

しおりを挟む


 アナベルより渡されたのはお世辞にも決して良くは見えない、実に田舎丸出しの野暮ったい黒縁の眼鏡。

 「何この眼鏡……」

 渡された冴えない黒縁眼鏡を見て思わず呟いてしまったわ。
 本当にそう思ったのですもの。
 このフレームは幾ら七年間離宮に引き篭っていた何も知らない私でさえお世辞にも、これは最近の流行物なのねとは絶対に思えない代物。
 眼鏡のフレームはくすみのある黒で、おまけにこれでもかと野太く丸い形。

「もしかしてこれを私に……って第一私目は悪くないわよ」
「いえそれは承知しております。これは所謂伊達眼鏡です。レンズには度が入っておりませんのでどうかご安心下さいませ」

 いやいや度が入っていないのならば益々私は使わなくてもいいでしょうと言えば、アナベルは『』と普通にきっぱりと答えたわ。
 大体今更変装なんてしなくとも誰も私がこのルガートの王妃だなんて思わないわよ。
 こんな事をする必要はないからと文句を言ったけれども、この眼鏡は大分前に購入したらしく今更クーリングオフにも出来ないのだと言われてしまった。

 そうね、今ここにあるって事が既に購入済みなのだわ。

「エヴァ様、幾ら貴女様がこの国で王妃という立場を人々が忘れられていようともです。しかしながらそのお美しさを隠さなければ何れにせよ衆目の目う惹いてしまうのです。また何の切っ掛けで御身の存在が知られてしまえば、エヴァ様の計画は恐らく永遠に叶わなくのですよ。それに御身が知られれば当然ルガート王の耳にも入るでしょう。今この様にお美しくご成長なされた貴女様に改めて真のご夫婦として遇するとお考えを変えるやもしれません。それに――――」
「私が美しい?有り得ないわ。私よりアナベルの方がキリっとしていてとても涼やかな美女よ」

 そう私が王子として誕生していればこんなに頼もしくて素敵なアナベルを絶対正妃妃に迎えるわ!!
 私の為に素敵な女性の花の時期を奪ってしまったのだもの。
 だから絶対アナベルには幸せになって貰わなければならないの!!
 これだけは譲れないと心に決め両手で握り拳を作り強く願っていると隣で呆れた表情をしているアナベル。

「エヴァ様は少しもご理解されておられませんね」
「はい?」
「私が申し上げるのもなんですが、エヴァ様はここ数年で更にお美しさに拍車がかかりましたよ」

「そうかしら、そんな事ないと思うのだけれど……」
「それはエヴァ様が私以外の者と関わりになられていないからに御座います」
「う~んそうなのかしら?」
「はい、王妃様譲りの赤毛交じりの金色ストロベリーブロンドの髪とライアーン王家特有の煌めくエメラルドグリーンの瞳にやはり王妃様譲り……いいえ、もう今では王妃様以上にお美しさが光り輝いていましてよ。祖国で王女としてお過ごしにおいでならばもっとそのお美しさは光り輝いていた事でしょう」
「そ、そんなお母様よりもだなんて言い過ぎだわ」


 私のお母様は『ライアーンの薔薇』と称えられた公爵家の令嬢。
 お父様はお母様が社交デビューされる前より恋をしていたと仰っておられたの。
 大輪の薔薇の様に艶やかで、それでいてとてもお優しかったお母様。
 因みに私は同じ髪の色をしていたけれど肌の色が白磁の様に白いので『百合の姫』と呼ばれていたわね。

 ライアーンでは美しい女性を花に譬える風習が昔よりあるの。
 でも意味合いはそれだけではない。
 まぁ今はその百合の姫も日々家事と節約に邁進しているのだから、本当に世の中何が起こるかわからない。

「でもエヴァ様その証拠に私がお見かけした()際姫様の容姿に周囲の人間は何度も振り返り見惚れておりましたよ。ですのでこれは変装用として外出の際は必ずお掛け下さいませ。御身の安全の為にもこれは必須アイテムです」

 出来れば外出は控えて欲しいのですが……とアナベルも諦める様子はない。
 ならば彼女に認めて貰う為に私はある行動に出たの。
 私は台所にある鋏を取り出し腰まで伸ばしていた髪をアナベルが止める間もなく――――!!

 ちょき―――っんっっ!!

「え、エヴァ様っ、何て事をなさるのです⁉」

 流石のアナベルも驚愕の色を隠せない……と言うか、完全にフリーズと化してしまった。
 そう私は腰まで伸ばしていた髪を肩の辺りまでばっさりと思い切りよく切ってしまったの。
 これで一纏めに束ね黒縁眼鏡を掛ければ、もう目立たない筈!!

「エヴァ様なんて事をなさったのですかぁぁぁああああああああああああ」

 数分後正気を取り戻したアナベルより散々とお説教されたわ。
 えぇもう耳が痛いくらいにね。
 床に落ちた長い髪を抱き抱えたままの姿は少し恐怖を感じてしまったのは内緒。
 でも結局私の働きたいと言う意思が勝り最後に仕方なくアナベルは折れてくれた。
 ただ色々と厳しい条件月なのは正直に言って面倒ね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。

エルネスティーネ ~時空を超える乙女

Hinaki
ファンタジー
16歳のエルネスティーネは婚約者の屋敷の前にいた。 いや、それ以前の記憶が酷く曖昧で、覚えているのは扉の前。 その日彼女は婚約者からの初めての呼び出しにより訪ねれば、婚約者の私室の奥の部屋より漏れ聞こえる不審な音と声。 無垢なエルネスティーネは婚約者の浮気を初めて知ってしまう。 浮気相手との行為を見てショックを受けるエルネスティーネ。 一晩考え抜いた出した彼女の答えは愛する者の前で死を選ぶ事。 花嫁衣装に身を包み、最高の笑顔を彼に贈ったと同時にバルコニーより身を投げた。 死んだ――――と思ったのだが目覚めて見れば身体は7歳のエルネスティーネのものだった。 アレは夢、それとも現実? 夢にしては余りにも生々しく、現実にしては何処かふわふわとした感じのする体験。 混乱したままのエルネスティーネに考える時間は与えて貰えないままに7歳の時間は動き出した。 これは時間の巻き戻り、それとも別の何かなのだろうか。 エルネスティーネは動く。 とりあえずは悲しい恋を回避する為に。 また新しい自分を見つける為に……。 『さようなら、どうぞお幸せに……』の改稿版です。 出来る限り分かり易くエルの世界を知って頂きたい為に執筆しました。 最終話は『さようなら……』と同じ時期に更新したいと思います。 そして設定はやはりゆるふわです。 どうぞ宜しくお願いします。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

今度生まれ変わることがあれば・・・全て忘れて幸せになりたい。・・・なんて思うか!!

れもんぴーる
ファンタジー
冤罪をかけられ、家族にも婚約者にも裏切られたリュカ。 父に送り込まれた刺客に殺されてしまうが、なんと自分を陥れた兄と裏切った婚約者の一人息子として生まれ変わってしまう。5歳になり、前世の記憶を取り戻し自暴自棄になるノエルだったが、一人一人に復讐していくことを決めた。 メイドしてはまだまだなメイドちゃんがそんな悲しみを背負ったノエルの心を支えてくれます。 復讐物を書きたかったのですが、生ぬるかったかもしれません。色々突っ込みどころはありますが、おおらかな気持ちで読んでくださると嬉しいです(*´▽`*) *なろうにも投稿しています

泡沫の恋 ~操り人形はその宿命より逃れられない

Hinaki
恋愛
ルガート王国の王太子ラファエルが15歳を迎えたとある日。 王都を離れ郊外へ視察に訪れている途中、襲撃を受けてしまった。 部下が身を挺して逃がしてくれたものの、途中でラファエル自身も兇者の手により矢を受け、薄れゆく意識の中で印象的だったのは紫の双眸だった。 目覚めるとラファエルがいたのは小さな小屋でマリア―ナと名乗る美しい紫色の瞳を持つ村娘に介抱をされていたらしい。 最初は警戒をしていたラファエルだったのだが、親身に世話をしてくれるマリアーナへ徐々に惹かれていく。 一週間もすればラファエルも動ける様になり、城へ戻る前マリアーナへ自身の身分を明かし、そして共にこれからを生きて欲しいと告白をする。 ラファエルの告白にマリア―ナは受け入れる。 そうしてこれから幸せになろうとするのだが……。 この作品は『忘れられた王妃様は真実の愛?いいえ幸せを探すのです』のスピンオフのお話になります。 王妃であるエヴァとの初顔合わせより七年も昔のお話です。 ルガート国王ラファエルの王太子時代、15歳の少年が体験する苦い、ややビター過ぎる初恋のお話となります。 設定は緩い?ちょっと切なく重めなお話です。

婚約破棄されたら騎士様に彼女のフリをして欲しいと頼まれました。

屋月 トム伽
恋愛
「婚約を破棄して欲しい。」 そう告げたのは、婚約者のハロルド様だ。 ハロルド様はハーヴィ伯爵家の嫡男だ。 私の婚約者のはずがどうやら妹と結婚したいらしい。 いつも人のものを欲しがる妹はわざわざ私の婚約者まで欲しかったようだ。 「ラケルが俺のことが好きなのはわかるが、妹のメイベルを好きになってしまったんだ。」 「お姉様、ごめんなさい。」 いやいや、好きだったことはないですよ。 ハロルド様と私は政略結婚ですよね? そして、婚約破棄の書面にサインをした。 その日から、ハロルド様は妹に会いにしょっちゅう邸に来る。 はっきり言って居心地が悪い! 私は邸の庭の平屋に移り、邸の生活から出ていた。 平屋は快適だった。 そして、街に出た時、花屋さんが困っていたので店番を少しの時間だけした時に男前の騎士様が花屋にやってきた。 滞りなく接客をしただけが、翌日私を訪ねてきた。 そして、「俺の彼女のフリをして欲しい。」と頼まれた。 困っているようだし、どうせ暇だし、あまりの真剣さに、彼女のフリを受け入れることになったが…。 小説家になろう様でも投稿しています! 4/11、小説家になろう様にて日間ランキング5位になりました。 →4/12日間ランキング3位→2位→1位

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...