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序章

物語が始める前に…… 3

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「はいジェンセンさん、この程度なら本当にフィオの言う通り舐めて治るくらいなんだけれどね」
「先生、そんな事口が裂けてもフィオちゃんの前で言わないでくれよな。そんな事を聞かれた日には俺は絶対に出禁になっちまう」
「いや医師としてはちゃんと治療をしに来てくれる方が良いんだけどね。でも君は騎士だから普通に騎士団内に医務室があるでしょう?」
 
 そうジェンセンはこれでも名の通った立派な騎士。
 然も第二騎士団の副団長と言う地位のある男だ。
 マックスの言う通り態々こんな街の小さな診療所よりも騎士団内にある立派な医務室で、普通に治療をして貰える筈。
 しかしジェンセンは開き直る様に宣った。
 
「先生、先生も男だったらわかるだろ? どんなに設備が整った綺麗な医務室でもだ。そこにフィオちゃんがいなければ身体の傷は治っても心の傷は治らないんだよ!!」
 
「……心の傷ねぇ。ホント最近そう言う患者さんが多いんだよねー」
 
 マックスは少々呆れ顔で呟くが一方ジェンセンは熱く語る。
 
「身体は先生が治してくれるからいいけど心は……フィオちゃんの笑顔が一番なんだよ!!」
 
「……って何が一番なのですか!!」
「ひぃ⁉フィオちゃんっ、聞いて……」
 
 突然現れたと言うより元々小さな診療所なのである。
 受付が終わればそこは普通に隣の診察室へ彼女が入ってくるのは至極当然。
 ただし今フィオの顔はジェンセンの望む笑顔ではなく、かなり顔を引き攣れているのは言うまでもない。
 
「何を聞いて――――ですか。こんな狭い診療所なのだから最初からに決まっているでしょ!!」
「せ、狭いってフィオ、それは余りにも酷くない?」
「狭いのは事実ですからマックスは気にしないで下さい」
「でっ、でも……っっ」
 
 フィオが軽く睨みつけるとマックスは何も言えない。
 しかし心の中ではあからさまに狭いと言わなくてもいいのにと思う。
 フィオは可愛いけれども色々と素直過ぎるのだ。
 それとかなりの天然でもある。

 だが今は絶賛真っ青になっているのはマックスではなくジェンセン。
 フィオ目当てでやって来たとバレてしまったのだからさぁ大変。
 これでまた出入り禁止を言い渡されれば暫くの間愛しの彼女に逢う事も出来ない。
 しかし今日のフィオは常よりも少し心に余裕があった。

「もぉ今回だけですよジェンセンさん。今度から怪我をしたら態々ここへ来ないでちゃんと医務室も利用して下さいね。それにわかっていると思いますけれど騎士団で余り言い触らさないで下さい。それでなくとも最近妙に騎士の患者さんが増えつつあるのですから」
 
「あぁ勿論大事なフィオちゃんの事なんて他の奴らになんか言い……」
「あ、やっぱり言い触らしていたのはジェンセンさんだったのですね」
 
 ジェンセンはフィオが可愛い余り騎士団へ戻るとついうっかり近くにいた騎士へ口が滑ってしまう。
 しかし原因は多分それだけでないのかもしれない。
 

 何故か自身が目立つ事を何よりも嫌うフィオ。
 だが譬えジェンセンが黙っていようとも自然と彼女は目立ってしまう。
 勿論変な意味ではなく……。
 
「すっ、すまないフィオちゃん。フィオちゃんが目立つ事を一番嫌っているのをわかっていたんだが……」
 
 大きな身体を精一杯屈めさせジェンセンは最後の言葉……つまり『出入り禁止』が言い渡されるのをまるで死刑宣告の様にして待っていたけれどもだ。

「今度から気をつけて下さい。また街中で怪我をしたら何時でも来て下さいねジェンセンさん」
 
 ほぼ確実に言われる筈だった言葉ではなく、ここ最近一番の可愛い過ぎる笑顔付きのお言葉にジェンセンは一瞬ボーっと情けなくも見惚れてしまった。

 もしかしてフィオちゃんは俺に好意を持っていてくれているのかも……と淡い想いを抱いておればだ。
 隣にいたマックスがそっと耳打ちする。
 
「出入り禁止にならなくて良かったね。でも今日は本当にラッキーだったよ。なんと言っても今日は彼女の大事なお給料日だからね」
 
 だから多少の事は多めに見てくれるんだよ……とジェンセンへ好意の心算でマックスは告げた。
 しかしその事実を教えられたジェンセンの心の中で何かが物悲しくポキッと折れる音がしたのは彼だけの秘密。
 
 そうなのだ。
 言われてみればはフィオは自分だけでなくどの患者へも何時も以上にご機嫌な笑顔を振りまいていたのだから……。
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